1.3 カナダの先住民族が直面している課題の概要
土地権益請求、自治回復、和解
約1万年前まで続いた最終氷期の時代、ユーラシア大陸と北米大陸はベーリンジアという陸橋で地続きでした。ベーリンジアから現在のユーコン西部に至るまでの一帯は、氷期にも氷で覆われず、ツンドラの植物が生え、大型の哺乳類の生息する回廊(Ice Free Corridor)でした。人類はマンモスなどの獲物を追ってユーラシア大陸からベーリンジアを渡り、回廊を移動してこの地に来ました。約2万年前までには、ユーコンは人類の住む土地となったのです。
18世紀以降、毛皮の交易や金の採掘などを目的に欧米から白人がやってきました。白人の入植者政府の下、先住民族の人々は伝統的に暮らしてきた土地を奪われました。第二次世界大戦末期のアラスカハイウェイ建設時とそれ以後は、ハイウェイ近くに移転せざるを得ないコミュニティも多く存在しました。
伝統的な土地の権利をもとめて起こったのが土地権益請求です。ここで「土地」というのは、狭い意味で地面の所有権を指すのではなく、土地に根差した先住権を含んでいます。先住民族にとっての「Land」です(→6.2参照)。
1990年、ユーコンのファーストネーションにとって土地権益請求の枠組みである包括的最終協定 (Umbrella Final Agreement:UFA) が確定し、1993年にはファーストネーションの代表組織であるユーコン・インディアン協議会(Council for Yukon Indians:CYI)とカナダ政府、ユーコン準州政府の三者によって調印されました。以後、14のファーストネーションがそれぞれ交渉を行い、今日までに11のネーションが土地の権利と自治権に関する協定に調印し、現在はその実効化が進められています。
土地権益や自治の回復については、6.6 Together Today for our Children Tomorrow ~ユーコン土地権益請求の礎も参照してください。
先住民族寄宿学校(レジデンシャルスクール)制度
レジデンシャルスクール、すなわち寄宿学校制度は、私がカナダ留学によって知った最も大きな先住民族問題です。先住民族の子どもたちを家庭やコミュニティから引き離し、白人の西洋文化に同化させる目的で運営されました。1880年代に始まり1996年まで続いていた制度です。最後の生徒は現在30~40歳代ですから、まだその記憶と影響は生々しいと言えます。
およそ120年にわたって子どもたちが家庭から引き離されて、キリスト教と英語を強要されたため、文化や言語の伝承が途絶えました。教育らしい教育を受けられなかったばかりか、身体的、性的、言語的、精神的なあらゆるハラスメント、暴力、虐待を受けて子供時代を過ごしたために心身の傷を負い、トラウマから逃れるため飲酒に走ったり、次世代にも負の遺産が引き継がれてしまう世代間トラウマ(inter-generational trauma)が問題となっています。2021年5月以降、カナダ全土の寄宿学校跡地から多数の生徒の遺骨が発見されて新たな大問題となっています。
寄宿学校制度に関しては、2.1 先住民族寄宿学校(レジデンシャルスクール)制度や2.4 失われた「カナダ建国記念」の祝日と新設される「真実と和解の日」で詳述します。
先住民族女性・少女の失踪/殺害事件
その他、殺されたり行方不明となっている先住民族女性が4000人もいるとされるなど、さまざまな問題を現在もかかえています。
先住民族女性・少女の失踪/殺害事件に関しては、2.2 先住民族女性・少女の失踪/殺害事件で詳述します。