カナダ ユーコン

大学と先住民族との共働

5.1 Yukon 準州「研究者ライセンス」先住民族の権利

次に研究倫理について学んだのは、私が在籍したヘリテージ&カルチャープログラムの必須科目であるフィールドスクール(ANTH144 遺産と文化実習)の最終課題を通してでした。この課題は、考古学発掘調査の企画・提案書を作成するというもので、スケジュールや内容、予算はもちろんのこと、いくつかのライセンス(免許証)や許可証も添付しなくてはなりませんでした。主なものが次の2点です。

・研究者ライセンス(Scientists and Explorers Act Licence)
・遺跡調査規制に基づく許可証 (Archaeological Sites Regulation Permit)

フィールドワークの課題としては実際に研究ライセンスや許可証を申請しなくてよいのですが、申請書のフォームを記入していく中で、研究者ライセンスや遺跡調査許可証とは何か、どのような要件でライセンスや許可証が得られるかを具体的に知ることになりました。これが、サーティフィケートとよばれる1年間の課程で学ぶ学生に課せられる課題であることは、注目に値するでしょう。遺産・文化を扱う仕事においては必ず知っておくべき手続きだということです。

そもそも研究者ライセンスとは、日本では(特定の研究領域を除いて)聞き慣れない言葉ではないでしょうか。ユーコン準州では、研究目的で準州内に滞在する人は全員、Scientists and Explorers Act (S&E法)という法律で定められたライセンスを準州政府に申請して取得する必要があります。このライセンスはプロジェクトごとに取得し、毎年更新しなければなりません。

*例外として、国立公園内で調査を行う場合は、S&Eライセンスではなく、国立公園を管理する政府機関からの許可証(Parks Canada Research and Collection permit)が必要です。

国籍・研究領域にかかわらず、一時的な調査のために訪れる研究者であっても、ユーコン大学のような地元の教育・研究機関に所属する人であっても、必ずライセンスが必要です。以前、ボスに「研究者へのインタビューだけでも申請はいるか」と尋ねたら、それを何らかの形で文字化して発表するならば必要との答えでした。ユーコン準州に入って研究をすること自体にライセンスがいるということです。
もしライセンスを取得せずに調査を始めてしまったら? 現地の自治政府から必要な協力を得られないというのは十分起こりえることで、最終的には $1,000(約9万円)以下の罰金または(および)6か月以下の禁錮を課されます。

【ユーコン準州内で研究を行うために必要な許認可】
1.準州政府のS&Eライセンス(または国立公園管理機関の許可証)
2.ファーストネーション自治政府の許可(permit)
3.関連する大学・研究機関のREB(研究倫理審査委員会)の許可

このような厳格な手続きを必要とするのは、1つにはユーコン準州のほとんどが先住民族の土地であり(国所有の土地(Federal land)は8%以下)、それぞれの先住民族国家が自治政府を置いて所轄している土地から、物質にしろ情報にしろ、よそから来た人が許可なく「研究資源」を持ち去ることを防ぐためです。植民地化されてきた国では、外部から来た研究者が先住民族自身は望みもしないリサーチ・クエスチョンを立て、インフォームドコンセントのないまま研究対象にするという非倫理的な研究が行われてきました。日本でも、アイヌの墓地から研究目的と称して遺骨や副葬品を無断で持ち去ったり、研究者がアイヌの元に来て生体計測をして屈辱的な思いをさせるなど、人権を無視した行為が行われてきました(詳細は→3 日本・サッポロ「アイヌ・コタンのある風景と遺骨の帰還」を参照してください)。   

したがって研究者ライセンスの申請には、事前に調査地を所轄する先住民族自治政府から、研究計画に対する許可を得る必要があります。ユーコンには14のファーストネーション(先住民族ネーション)があり、研究者ライセンス申請に必要な手続きはそれぞれで、許可基準の設定もそれぞれです。「遺産マネージャー(Heritage Manager )」や「天然資源マネージャー(Natural Resources Manager)」といった担当者がいてメールでやりとりできる場合もあれば、直接、チーフ(首長)に会いにいかなくてはならない場合もあります。計画の内容について、自治政府内の担当部局で検討し、修正を求めたり、研究の実施を却下する場合もあります。重要なのは、先住民族自身が望まない研究は実施できないということです。たとえば、先住民族の土地で地下資源や生物資源の調査をして開発に役立てるといった研究は、おそらく却下されます。
さらには、先住民族自身にとって何らかのベネフィット(利益)がない研究は、実施できないと考えてよいでしょう。ここでいうベネフィットとは、調査・研究の成果が地域の人に役立つといった狭い意味ではありません。研究者が地域にもたらすことのできるベネフィットは何か、という問いは、ライセンスや研究倫理審査の申請にあたって深く考えさせられるものであり、一方で、自分とは異なる世界観をもつ人々と研究をともに行うという視点で研究を見直す機会を与えてくれるものでもあります。benefitについては、さらに後述します(→5.4参照)。

【研究者ライセンス申請手順の概要】
1.調査候補地を所轄する先住民族自治政府(またはチーフ)に連絡をとり、研究計画の承認を得る。
2.ライセンス申請書を、以下を説明・証明する添付書類とともに提出する。
・1で得られた承認を示す文書
・研究の目的、方法、期間、意義
・調査地で収集する物・サンプル等の保管方法
・これまでに取得した研究ライセンス
カナダ政府研究倫理オンライン講習修了証(TCP2:CORE) (→5.3参照) ※(2022年4月28日訂正)TCP2:COREの修了証は、研究者ライセンス申請時の必要添付書類ではありませんでした。ただし、人を対象とする研究を予定している場合には政府の研究倫理委員会が受講を推奨しており、またカナダ国内の研究機関等と共同研究を予定している場合などで当該の機関がTCP2:COREの履修を要件としていることがあります。ユーコン大学REBは研究倫理審査にあたって修了証の添付を求めています。

ちなみに、ユーコン準州政府のウェブサイトによれば、研究をスタートする予定の3か月前までにライセンスを申請するようにと書かれています。スムーズに審査が行われて許可が下りればよいのですが、自治政府の許認可や研究倫理審査など、他にもいろいろ必要な手続きが出てくる可能性があるので、早めに申請するようにという注意です。私自身、まったく新たな研究計画を申請した際には、事前のチェックを十分に受けてから提出したので、提出してからの日数は1か月ほどでしたが、やはり書類の作成やそのほかの手続きを含めると3か月ほどかかり、最後の許可証が届いたのは調査開始の1週間前でした。

さて、こうした手続きを求める根拠となるのが、カナダ政府、ユーコン準州政府と先住民族国家との間で結ばれた「包括的最終契約(Umbrella Final Agreement;UFA)」(→6.6参照)です。この契約は土地権益と自治権に関するもので、先住民族の権利が確定した土地(Settlement Land)において、遺跡、地下資源、野生生物、その他その土地に根ざした文化を利用するにあたっては、所轄する政府の許認可が必要と定めています。

包括的最終契約(Umbrella Final Agreement、手前)と、UFAに基づいて締結された各ネーションごとの契約書およびTTCT(出典、参考:https://cyfn.ca/agreements/

ユーコン準州においてこのライセンス制度は、先住民族が所有する広い意味での資源の利用には適切な配慮やプロセスが必要である、という通念を研究者の間に浸透させる意義があります。罰則の有無によらず、研究倫理として、あるいはもっと広く社会的責任として、捉えるべきだと思います。

2022年04月28日更新