カナダ ユーコン

大学と先住民族との共働

5.2 研究をより豊かなものにする地域密着型研究

研究は研究者だけで立てたテーマや計画で進めるよりも、研究協力者とその人たちの住まう地域(ソースコミュニティ)の助言や希望を取り入れるほうがずっと豊かで有益なものにできる、という考え方があります。先住民族の権利を守るという立場からさらに進んで、先住民族にとっても研究者にとってもメリットの大きい研究にするという立場への転換です。こうした立場で実施される研究は、地域に根差した研究、地域密着型研究(Community Based Research)、あるいは包含的研究(inclusive research)とよばれます。

たとえばユーコン大学では、気候変動によって永久凍土が融解し、植生が変化したことでカリブー(トナカイ)などの生息域が変化し、人々の狩猟・食習慣に影響が及んでいることを憂慮するユーコンおよび北西準州のコミュニティが、研究者と共働し、地温・土壌・植生・動物の行動などの変化を調査した研究例があります。調査に先立ちワークショップを行って、コミュニティの人々が体験し取り組んできた気候変動による環境の変化について情報共有し、課題を立て、どのようなデータを集めるかを決めます。実際の調査には、地元の子どもたちや若者も参加します。結果はだれでもわかりやすいようポスターにするとともに、報告書はエルダー(古老)たちにも読んでもらえるよう地元の伝統言語に翻訳して研究が完結します。

私がリサーチアシスタントとして参加したBringing Research Home projectは、このような地域密着型研究の進め方の枠組みを作ろうとするものでした。

一口に地域密着といっても、地域によって、そこに住む人々によって、どのような課題をもっているか、どのようなデータを集めるべきか、どのような手法で研究すべきか、どのように地域の人が参加することができるか(したいか)…こうした点は多様であるはずです。研究者にとって、インフォームドコンセントが重要という以前に、研究課題を作る段階から地域にかかわることが豊かな研究成果を得られる方法なのだという考え方を、Bringing Research Home projectで学びました。「伝統知、地域知は先端知に劣る」とか、「地域住民(先住民族を含む)は専門家ではないので研究パートナーになり得ない、説明しても仕方がない」といった考え方とは真逆です。研究者が一方的に調査地に踏み込んで地元の人に「教えて」と言えば教えてもらえるという考え方では、自治政府の審査で却下される例を実際に見ました。

アイヌや琉球民族の遺骨を研究のためといってもちだしてきた研究者には、地元の人と一緒になって研究を行うという視点はまったくなかったことでしょう。今後、日本でも地域参加型共働研究を実現することで、倫理的でより豊かな研究が生まれるのではないでしょうか。

大学の図書室では、ユーコンらしいテーマの新刊が入るとコーナーが設置されて紹介されていた。研究や歴史記述の脱植民地化・先住民族化に関する蔵書はその1つ。

【参考】
・瀬口典子、「遺骨返還運動と先住民コミュニティから学ぶ:調査する側とされる側の相互関係」人骨問題を考える連続学習会@京都大学、第12回公開学習会(2021年1月25日)https://honetori.exblog.jp/29351645/
・瀬口典子、「なぜ社会的弱者の遺骨が大学に所蔵されたのか 歴史の調査を」[学知の責任 植民地主義の清算へ](7)沖縄タイムス+プラス(2021年10月4日) https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/835721

 

2022年03月18日更新