カナダ ユーコン

大学と先住民族との共働

5.0 研究倫理と脱植民地化 イントロダクション/ カナダ学生行動規範として

留学プログラム修了後に、リサーチアシスタントとして加わったのが大学附属研究施設のノーザン・クライメト・エクスチェンジ(北方域気候交換)部門のBringing Research Home project、文字通り、「研究を家に返す=研究(成果)を地元に戻す」ことを目指すプロジェクトでした。

・ユーコン・リサーチセンター(Northern Climate Exchange部門は、現在はClimate Change Research(気候変動研究)部門に改編されている)
 https://www.yukonu.ca/research/research-centre

・Bringing Research Home project 
 https://www.yukonu.ca/research/projects/bringing-research-home

このポジションに応募した理由は、先住民族の人々と共働で研究を行うための「プロトコル」をつくるサポートとして募集されていたからでした。部門としての研究分野は気候変動なので、個別の研究テーマは生物・地質・環境などの科学の分野にまたがります。それらに関して伝統知・地域知を取り込み、研究成果を地域の人に還元する方法そのものも研究テーマとして追及する、ということであれば、私自身の学生時代のバックグラウンドからサイエンスライターとしての仕事、サイエンスコミュニケーションの実践、さらにユーコンカレッジで学んだことなどをすべて踏まえて、さらに今後につなげることができそうなプロジェクトだ、と感じました(実際にはそれ以上のものだったのですが)。

▲プロジェクトのフィールドは、ユーコン南西部のクルアニ湖周辺に広がるクルアニ・ファーストネーションの土地。湖畔の町バルウォッシュ・ランディングに自治政府がある。

このプロジェクトに参加するまで、私はサイエンスコミュニケーションを研究倫理の一環と捉えたことがありませんでした。しかし、リサーチアシスタントとして毎日、過去の研究計画書や報告書を読んだり、研究倫理のオンライン講習を受けたりする中で、ユーコンにおいては研究計画の段階から地域と研究者とのコミュニケーションがきわめて重要で、それは先住民族の人々との関係において植民地主義的な研究者の行動を妨げる研究倫理の要素が強いと知りました。
「プロトコル」という言葉には、自然科学の分野でいう「研究方法」の意味だけではなく、ファーストネーションの文化においては「行動規範」の意味があります。先住民族の人々と研究者とが共働する上で必要となる新たな倫理的行動規範をつくるのが、このBringing Research Home projectなのでした。

このプロジェクトのリサーチアシスタントとして、またユーコン滞在期間の最後の数か月には、当ウェブサイトの代表者である小田博志さんがユーコンでリサーチを行うための研究申請のサポートをする上で、カナダ・ユーコン準州における研究倫理と深く関わることになりました。

実は、カナダ・ユーコン準州への留学で学んだ、最も興味深いことの1つが研究倫理です。先住民族の権利をまもるための手続きは厳格・厳密そのもので、誤解を恐れずに言えば、日本では「検閲」「学問の自由の侵害」となりそうなほどのレベルだと感じたこともありました。
留学生として学んだことから、順を追ってお話ししましょう。

カナダの学生行動規範として

留学してまず驚いたのは、新しく入学した留学生向けのオリエンテーションで、プレージアリズム(盗用、Plagiarism)をテーマにした座学がみっちりと行われたことです。質疑を含めて約40分、座学のオリエンテーションの中では最も長時間にわたるプレゼンテーションでした。

これからカナダの大学で学ぶにあたって、プレージアリズムは絶対にやってはいけないことで、そのために引用(Citation)の方法をしっかり身につけるようにと教わりました。先輩留学生の中には、プレージアリズムを避けることが留学生として一番のチャレンジ(困難・課題)だと話す人もいたほどです。
また、研究倫理そのものではありませんが、同じく新入の留学生向けオリエンテーションの中で、「カナダの医療制度」と題して、「ジェンダーに関する差別は人種・民族・宗教に関する差別と同様にみなされる」といった話や、セクシュアル・ヘルスケアやメンタルヘルスに関するレクチャーがありました。

後になってわかってきたことですが、カナダでは多様性の受容や人権の保護に関して課題があるからこそ、学生に対して入学直後から指導して、カナダに住む上での行動規範として身につけさせようとしているのでしょう。他にも、シラバスの表紙などには下のようなクリエイティブコモンズの国際規格が示されており、こうした表記を日常的に目にすることで著作物に関する権利を明確化することを意識づける意義があると思いました。

著作物利用に関するマーク🄫Yukon College

ただし、上記のような研究倫理は、ヨーロッパ系カナダ人社会の規則であり、主流社会のルールといえる側面です。

2022年03月18日更新