カナダ ユーコン

大学と先住民族との共働

4.3 YFNコアコンピテンシー / 世界観(Worldview)

ユーコン大学では、全学生と職員に、ユーコン の先住民族である14のファーストネーションに関する知識を”コア・コンピテンシー”(中核となる能力・素養・実力)*として身につけることを求めています。
学生の場合、多くのプログラムがユーコン・ファーストネーション(YFN)コア・コンピテンシーを満たす必須科目を含んでおり、もしそうでない場合には選択科目で該当する科目を受講します**

*【YFNコア・コンピテンシーの6本の柱】
・歴史 History
・遺産と文化 Heritage & Culture
・自治政府 Self-government
・寄宿学校 Residential School
・世界観 Worldviews
・今日的課題 Contemporary Issues

**【YFNコア・コンピテンシーを満たす科目】 受講しているプログラムがYFNコア・コンピテンシーに対応していない場合、以下のいずれかを選択科目として受講することとなっている。
「人類学入門」
「亜北極地域の人と文化」
「先住民族とカナダの刑事司法制度」
「初等教育と保育における文化的能力」
「インディジナス・ガバナンス入門」
「ガバナンスと土地権請求」
「ファーストネーション研究入門」
「伝統知の保存」
「ユーコンのファーストネーションと自治政府の歴史」
「カナダ北部の歴史」
「北方域の社会歴史学」
「知識の橋渡し(Bridging Knowledges)」
「社会課題」
「先住民族社会における女性」

教職員の場合は、職員研修としてYFN101(ユーコン・ファーストネーション101)という基本講座を履修するなどの上、ポジションによってはレベル2,レベル3のコア・コンピテンシーを満たすための研修を受けることになっています。大学のウェブサイトによると2015年4月時点で常勤・非常勤を含む全職員の93% がYFN core competencyを達成しているそうです
https://www.yukonu.ca/yukon-first-nations-core-competency

ちなみに、このコア・コンピテンシーという言葉、最近では北米の企業における人事評価の概念として、あるいは日本でも企業や個人の強み、競争力といった意味合いで使う業界が出てきているようです。ユーコン大学の学生や職員は、自身が先住民族であれ非先住民族であれ、地元の先住民族の歴史や文化、とくにその権利回復に向けた取り組みに関して知識を持ち、理解しているという「強み」を身につけることになるのです。それが教育機関として、また大学というひとつのコミュニティとして、和解への歩みを進めるために必要であると認識されているのです。

私はYFNコア・コンピテンシーを満たすヘリテージ &カルチャープログラムを修了しましたが、さらにオンラインで受講できるYFN101も学生は無料というので履修しました。集中的に学び直すのによい内容でした。ユーコン大学制作オンライン版YFN101は、だれでも受講できます。一般受講料は90カナダドル(2021年11月現在)です。
https://yukoncollege.online-compliance.com/PreRegister.php

このように、私はYFNコア・コンピテンシーの要件をすでに満たしていましたが、リサーチアシスタントとなってからは、スタッフ向けにYFNコア・コンピテンシーを高めるための講座やワークショップが随時行われていることを知り、これらもできるだけ受講しました。FD(ファカルティー・ディベロップメント)のようなものですから、スタッフの場合これらの受講料も無料で、勤務時間にカウントされます。

YFNコア・コンピテンシーの講座やワークショップを開発・運営しているのが、大学のファーストネーション・イニシアチブ(FNI)(→3.4参照)です。

-コア・コンピテンシー・ワークショップ

2019年7月、ユーコン大学付属のリサーチセンターでアシスタントとして留学生活の後半が始まりました。身分は学生なのですが、スタッフ向けのさまざまなサービスを受けることができました。YFNコア・コンピテンシーを高めるための講座やワークショップを受けることができるのも、その1つです。ユーコン大学には学び続けるためのサービスが充実しています。

私はYFNコア・コンピテンシー・ワークショップのうち3つを受講しました。テーマは「寄宿学校制度」(2019年11月)、「世界観(Worldview)」(同12月)、「今日的課題(the Contemporary Issues)」(翌年2月)です。

寄宿学校制度のワークショップは、内容はもちろんのこと、受講者のメンタルヘルスに対する手厚い配慮の上で開催されたことがとても印象的でした。冒頭、「とても辛く重い話題なので、いつでも途中退席してかまいません。そして、このワークショップの影響は、思いがけないほど重い場合があります、どうか皆さん一人一人がご自愛ください」とFNIのスタッフから声かけがありました。そして終了後には、一人一人に小さなギフトバックが手渡されました。中には、「つらいときに自分を保つための行動のヒント」と「助けを求めたいときの連絡先」を書いたカード、「気持ちをリラックスさせてくれる」お茶とチョコレート、それから「涙と鼻を拭くため」のティッシュが入っていました。

Worldview~ユーコン・ファーストネーションの世界の見方

12月の「世界観(Worldview)」は、私がユーコン大学で学んだことの中でも最も印象深いテーマの1つです。参加する前は哲学か心理学のような印象をもっていましたが、実際に参加してみると、概念的な話ではなく、具体的で多くの気づきが得られる内容でした。

「世界観」とは、人が世界をどのように見ているか、言い換えれば、それを通して世界を見るレンズlensと言ってもいいでしょう。レンズなしに、私たちは世界を見ることはできません。私たちの身の回りの世界は、だれが見ても同じ事実によって成り立っているものではなく、人によっていろいろな見方ができる世界であり、どれが正しいとか、間違っているというものではありません。

ワークショップでは初めに、「あなたの世界観は何の影響をうけてつくられたか、あるいは逆に世界観が影響を与えるものとはなんだろうかと考えてみましょう」という問いかけがありました。「親の影響」「読んできた本」「学校で習ったこと」「出身地」…参加者からいろいろな意見が出されます。でもそれらだけではありません。地理、言語、家族構造、地域、司法制度、医療制度など、いろいろなものが世界の見方と関係している、とFNIのスタッフがプレゼンテーションで示します。そうした要素ひとつひとつを具体的に取り上げて、ある世界観がどのようにできているのかを、グループワークで考えてみることになりました。

数名ずつに分かれた各グループに、テーマが与えられます。私が入ったのは「医療」のグループでした。各グループには、テーマに関連する文献のコピーが配られます。それを分担して読み、読み取った情報や各自の体験などを合わせて、白人カナダ社会とファーストネーション社会の医療制度の違い、あるいは医療に関する考え方の違いについてディスカッションして発表します。各グループの発表に対して、FNIのスタッフがコメントをしてくれました。

私はかつて、(たしか中学校の社会科の授業で)「人は住む場所の風土によって気質が異なる」と習いました(和辻哲郎の『風土』でしょうか。今も教えられているのかどうかわかりません)。当時は、「そんなことってあるかなあ」と腑に落ちないでいたものですが、大人になって国内外のあちこちを旅行したり、自分自身もいろいろな場所で暮らしてみたりするうちに、納得できるようになってきていました。しかしこのワークショップを通して、ある世界観を理解するにはもう一歩進めて、風土以外の影響も考える必要があると知りました。逆に、司法や医療のように社会にとって重要なサービスがよりどころとする価値観は、決して一つではないということにも、気づかされました。奇しくもユーコン生活の最後に、新型コロナウイルス(Covid-19)のパンデミックが起こったことで、感染症や医療において人が何に重きをおいて判断し、行動するかが、この「世界観」によって全く異なることを実感することになりました。

FNIのスタッフが強調したことの1つは、ファーストネーションの人々の世界観には「魂の再生・転生」(reincarnation)の考え方が根付いていて、自分という存在の後ろにはいくつものジェネレーション(世代)が存在し、私たちは最終的に母なる大地に帰っていく存在だと考えているということでした。何度も何度も戻ってくる存在なのだという信条があるので、「環境」のことを考えずにはいられないのだと。これもまた、ファーストネーションの人々が自らを大地(Land)の”stewardship”であると捉える背景にある価値観なのでしょう(→4.2.8および6.2参照)。

もう1つ、世界観との関係で重要なのは「言語」です。
ユーコンには8つの伝統言語があり、いずれも寄宿学校制度の影響によって流ちょうに話せる話者が失われ、消滅の危機にあります。言語が失われることは、ただ単に言葉が失われるだけではありません。言語が運ぶものは何でしょうか。ユーコンの伝統言語が形成する世界観と、英語話者となった人々の世界観はどう違うのでしょうか。このことも、ワークショップでは話し合いました。

ところで、留学中、英語で細かなニュアンスをつかめない時や、自分の意見を述べるうえで少ない予備知識を補いたい時、思いがけず私にとって日本語の参考書のように役立った本があります。ダニエル・L・エヴェレット著、屋代通子訳『ピダハン:「言語本能」を超える文化と世界観』(みすず書房)です。

この本は、南米アマゾンの奥地に住む少数民族ピダハンの人々の言語と世界観に関するドキュメンタリーで、その中にこんな記述がありました。

”サピアによれば、言語は物事を見聞きするわれわれの知覚に影響を与えている。(中略)サピアはさらに、わたしたちが世界をどう見るかは言語によって構築され、われわれが見ているものが何であり、それが何を意味しているかを教えてくれる言語というフィルターなしに感じることのできる「現実世界」なるものなど存在しないとまで言っている。”(ダニエル・L・エヴェレット著、屋代通子訳『ピダハン:「言語本能」を超える文化と世界観』、みすず書房、p.303)

サピアとは「アメリカ言語学の基礎を築いた学者」であり、アメリカ人類学の父と呼ばれるフランツ・ボアズの弟子なのだとか。そのサピアの有名な論文に書かれているのが上記のような学説です。

言語学の1つの大きな学説を、ユーコン大学にいる私たちは実感と緊迫感をもって理解できました。なぜなら、このワークショップを提供しているFNIのスタッフも、全学生の約3割を占める先住民族学生も、まさに消滅危機言語を母語としているからです。そして、彼ら自身がいまや英語を第一言語として、植民地主義やYFNコア・コンピテンシーを英語で教えたり学んだりしなくてはならないとは、なんと辛いことでしょう。

振り返ってみると、エルダー・オン・キャンパスの集い(→3.3参照)で語られた「言葉を失うと人を失う」、それにDeneアーティストのマウンテンさんが語った「それぞれの言語には、自身の根源となり、創造の源となる言葉があるはず」(→「私を北方カナダへ導いたもの」参照)。いずれもファーストネーションの人々が言語を奪われたからこそ実感し、力を込めて伝えようとしているメッセージだったと気づきます。

植民地主義の社会で、先住民族の世界観は顧みられず、医療や司法や教育など、あらゆる社会システムが多数派民族の世界観で動いています。真の脱植民地化には、先住民族の世界観を知ってそれを尊重すること、そして多様な世界観に対してinclusive(開放的・包摂的)であることが必要だ、ということをこのワークショップを通して学びました。

言語と世界観の関係を”ownership”という概念の観点から解き明かしたTED Talkがありますので、ご覧ください。「LANG140 言語と文化の保存と復興」の授業で、先生から推薦された動画です。

April Charlo discusses “How owning a bug changed the world” – language and culture revitalization

ワークショップの最後に、さらに深く知りたい人のための参考サイトとして次のサイトを紹介されました。ファーストネーションのWorldviewにおいてLandと同様に(あるいはLandの一部として)重要な「水」との関係について、エルダーの語りを収録した映像や、カナダの初等教育の現場で水について教えるカリキュラム例が含まれています。

WATER the sacred relationship

世界観と教育

一口に先住民族の世界観といっても、それぞれの民族によって言語や習慣が異なるように、世界観も多様です。それでも、土地や水を知恵や命の源とみなす考え、人間と人間以外の自然(動物・植物・環境)の間に途切れない循環があるとする考え、調和・バランス・関係性を尊重する全体(論)的(holistic)な思考や教育の視点(→個人的、要素還元的な視点とは対極にある)、拡大家族の家族観(核家族の対極)、などには共通性があります。

カナダのトロント大学が行っているオンライン講座「世界観と教育 Worldview and Education」では、「ある世界観をもつ社会が次世代に再生産するための手法が教育である」として、教育における「世界観」の視点の重要性を指摘しています。そのうえで、カナダの教育制度において今後、先住民族の世界観を取り入れることが重要である理由として、次のように説明しています。

なぜ「先住民族の世界観」Aboriginal world viewが大事か

1.カナダにおいては若年層に占める先住民族出身者の割合が大きくなっていて、今後のカナダ社会は彼らに依存していく。
2.世界は環境崩壊の危機、人間性の危機、さらには人類存続の危機にあり、「先住民族の知」の重要性はかつてないほど大きくなっている。
3.先住民族の世界観なくして教育と政策決定は不完全である。教育や政策には、クラス(社会)にいる生徒(市民)のすべての属性の視点を反映すべきである。教育や政策には、世界を見る「窓」と世界を映す「鏡」が必要で、それが「世界観」だからである。

出典:トロント大学Mooc “Aboriginal Worldviews and Education” https://www.coursera.org/learn/aboriginal-education より

教育現場のデザインにあてはめるなら、子どもは知識・理解が不足しているので、大人が教科書やカリキュラムに沿って教える必要があるという考え方(欠如モデル)に基づく知識詰込み型の教育は、今日の日本においても見直されているとはいえ、そもそも「全人的な発達」holistic developmentや「大地から学ぶ。大地の上で学ぶ」learning from/on the Landという学びの価値をもつ先住民族社会には、マッチしません。
先住民族の若者、子どもたちにとってどのような教育が必要か、あるいは教育の場において脱植民地化するにはどのような教育が必要か、インディジナス・エデュケーション の教育法の研究と研修が、カナダやオーストラリア、ニュージーランドなどでは進んでいます。私が学んだユーコン大学もまた、教育の脱植民地化とインディジナイゼーション(先住民族化)を目指して改革を進めていたのです

2022年03月22日更新