カナダ ユーコン 執筆者紹介

はじめまして。脱植民地化へのポータル「カナダ ユーコン編」を案内する葛西奈津子です。

私は2018年8月下旬から約1年半、カナダ北西部ユーコン準州の州都ホワイトホースにあるユーコンカレッジに留学しました。

ユーコンカレッジに留学するまで、自然科学、Western Science(西洋の科学)が私のバックグラウンドでした。先住民族問題に深い関心があって留学したわけではなかったのですが、カナダの中でも人口に占める先住民族の割合が高いユーコン準州という地域において、先住民族の出身である同級生たちと一緒に、伝統的な土地や言語をふくむ歴史的・文化的財産の再生や返還についても学ぶ機会を得ました。特に、伝統知(Traditional knowledge、 TK)という視点を得て、西欧知・先端知と伝統知をともに生かすTwo-eyed seeing という視点を学ぶことができました。

留学プログラム修了後には、学生向けのポジションであるリサーチアシスタントとして、ユーコン準州南西部のクルアニ湖、クルアニ国立公園(Kluane National Park and Reserve)を含む一帯を伝統的な生活圏とする先住民族クルアニ・ファーストネーションの人々と、気候変動に関する研究を共同で進めたり、研究成果を地域と共有したりする方法をつくるプロジェクトに加わりました。
サイエンスコミュニケーションの実践として、また教育や研究の脱植民地化の実践として、大変貴重な経験でしたが、COVID-19のパンデミックにより、滞在予定を少し早めて帰国することになったのは残念です。

帰国後は、「北大とアイヌ」連続学習会に参加するとともに、「北海道大学 アイヌ・先住民研究センター 公開講座」や「人骨問題を考える連続学習会@京都大学」などに参加し、脱植民地化というキーワードでユーコンでの体験がこれらの学習会で扱われている問題と結ばれることに気づきました。

ユーコンでの学びを自分の中で整理しつつ、このウェブサイトをご覧のみなさんとも共有していきたいです。

コロナ禍でキャンセルとなってしまったユーコンユニバーシティ記念式典のポスターに、多様な卒業生の一人として掲載していただきました(中段・左から2番目)。

*ユーコンカレッジは2020年からユーコンユニバーシティとなりました。このコンテンツでは、葛西奈津子が在籍したユーコンカレッジでの経験、実践をもとに書いていますが、とくにユーコンカレッジとユーコンユニバーシティを区別しない場合にはユーコン大学と書き表します。

私を北方カナダへ導いたもの
Antoine Mountainさんと私 2019年6月

写真左は、カナダ・ノースウエスト準州イエローナイフ(オーロラ観光で有名な場所)に拠点をおくDene アーティストのアントワン・マウンテンさんです。Deneとはカナダ北西部などの先住民族、ファーストネーションの1つです。実はこのとき、私はマウンテンさんと思いがけずホワイトホースで14年ぶりに再会したのを喜んでいます。

マウンテンさんは、著名な画家にしてコラムニストでもあり、2005年に愛知県で開催された『愛・地球博』に、カナダ・パビリオンでのプレゼンテーションを行うために来日していました。当時、カナダ観光局の仕事をしていた私は、マウンテンさんのプレゼンテーションや、先住民族の人々のドラム演奏にひかれ、その年の冬、マウンテンさんに会うために(そしてオーロラを見るために)イエローナイフを訪問しました。

カナダ・パビリオンで初対面のときマウンテンさんと目が合い、なぜだか他人に思えなかったのは偶然ではないように思います。マウンテンさんの母方には日本人の曾祖母がいるということですし、私の父が樺太出身だったことを思えば、ベーリンジアを渡って北米に行った人たちとは、遠いどこかで親戚だったのかもしれません。
マウンテンさんとはしばらくメールで文通していたものの、途中でアルコールに溺れる若者の話題や、そのほかどう解釈していいかわからない内容のメールをもらうようになって疎遠になってしまいました。安易に理解し合えると思ってはいけない、という戒めの気持ちを、以来ずっと持ち続けており、ユーコンカレッジへの留学につながったと感じています。

マウンテンさんとの再会が実現したのは、2019年6月28日(金)から7月4日(木)までの1週間、ホワイトホース市内で行われたAdaka Cultural Festivalという先住民族文化イベントでのことでした。マウンテンさんは招聘アーティストとして、私はボランティアとして参加していました。マウンテンさんはプレゼンテーションをしたり、近著の販売をしたり、会場内のテントで作品をつくったりと大忙しで、最終日にはアーティスト特別賞の表彰を受けました。

寄宿学校(レジデンシャル・スクール)におけるホロコースト体験を書いた著書。2022年春に新著が出るそう。 Antoine Bear Rock Mountain著,”From Bear Rock Mountain: The Life and Times of a Dene Residential School Survivor”, Brindle & Glass Pub Ltd.

マウンテンさんは、Adaka Cultural Festivalのプレゼンテーションで、言葉について話しました。

「それぞれの言語には、自身の根源となり、創造の源となるような言葉があるはずだ。どの言語もそこでつながっている。私はTrent大学で芸術のPhDを取得し、今はMedicine(医学)の博士課程で学んでいる。言葉は、Medicineの世界の扉を開ける鍵だ。本に書かれることだけが知識ではない。科学者は知識だけを与える。しかし今、伝統的な知恵の時代が来ている。人間としての完全性、そこに至る学び方を自分は学ぶことができた。若者が学ばないのは、生徒が悪いのではない。教育施設が悪いのだ。」
「おじいさんから教わった言葉がある。『もし夢をもったなら、毎日それを考えて努力すること。そして夢がかなったなら、それはもうお前の一部。なぜなら夢の実現のためにお前自身が努力したのだから』」

こういう話の合間に、マウンテンさんは冗談とも悪ふざけともとれる話をします。文字通りをぜんぶ真に受けることはできないと自覚しているので、「私はあなたのことなんて信じてないよ!」と言ったら「私を信じないっていうんだね?」とおもしろそうに笑っていました。諧謔と悪戯と知恵がごちゃまぜの話し方は、マウンテンさんの個性なのでしょうか、オーラルストーリーの性質なのでしょうか。私にはまだわかりません。

マウンテンさんのウェブサイト

 

〈葛西奈津子 profile〉
  • 札幌市生まれ
  • 京都大学理学部卒業、修士(人間・環境学、京都大学)、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程単位認定退学
  • 在学中よりフリーランスライターとして活動
  • 2015~2017年度 北海道大学 CoSTEP(Communication in Science and Technology   Education Program)でサイエンスライティングの指導を担当
  • 2018年9月 ユーコンカレッジ (カナダ)留学
  • 2019年6月 ユーコンカレッジ 遺産・文化サーティフィケート修了(Heritage & Culture Certificate)
  • ~2020年3月 ユーコンカレッジ 附属研究所 ユーコンリサーチセンター(YRC) Northern Climate Exchange部門 に学生リサーチアシスタントとして勤務
  • 2020年3月20日 COVID-19感染拡大を避けて帰国
  • 北海道在住