カナダ ユーコン

大学と先住民族との共働

3.4 先住民族と大学が共働で行う教育プログラム

ユーコン大学で実際に学び始めて次第にわかったことは、コミュニティ向けの教育プログラムが実施されていることで、さまざまな人がキャンパスに通っていました。シニア向けの技能訓練やクラフトなどのプログラムは、内容的には日本の大学・短期大学などでも同様のものがあるのかもしれません。しかし、先住民族の学生を対象としたプログラム、それも先住民族と大学が協働で行うプログラムが提供されているのは、ユーコンらしいものではないでしょうか。

先住民族学生のためのインタープリティブ・ガイド養成プログラム

大学広報から見学・取材の案内を受けて、キャンパス敷地内に建てられたテントを教室に行われている「インタープリティブ・ガイド養成プログラム」を見学しました。ユーコン準州とブリティッシュ・コロンビア州北部を伝統的生活圏(Traditional Territory)とするシャンペイン・アイシック・ファーストネーション(CAFN)出身者が対象の、21週間にわたる実習コースです。2019年9月からスタートしたプログラムには、6人のCAFN住民が在籍していました。

このプログラムは、CAFN自治政府に対してカナダ連邦政府が4年間で750万ドル(約6億8300万円)の資金を拠出し、先住民族の人々が安定的な雇用に必要なスキルを身に着けるための教育プログラムを構築・実施する事業の一貫として、ユーコン大学との共働で行われています(公式サイトプレスリリースによる)。
CAFNのエルダーの他、CAFNと大学から指導者が参加して、卒業後には自然ガイドとして働いたり起業したりするうえで必要な知識や資格が得られるよう、19のモジュールからなるプログラムを提供します。その特徴は、ファーストネーションの人々の独自の学び方と知識を欧米流の学び方・知識と併せた、いわゆる Two-eyed seeing (→4.4参照)による統合的な生態学(integrative ecology)を学ぶ点にあります。机上で学ぶのは事業計画書をつくることくらいだとか。

初めて見学に行ったのは気温が-10℃に下がった10月初旬。テント周辺には10数人(そのうち、若者といってよさそうな年齢の人が7,8人)が集まっていました。ファーストネーションの伝統的な学びは、体験や年長者から若者への口承に基づいています。そういう場面を撮影するのはよくないのではないかと思ったのですが、スタッフの方に訊いてみたら、全然かまわないよということで、写真を撮らせてもらいました。

テントの内部

この日はムースの骨を使った道具作りの準備として、皮をはがしたムースの前脚の骨から、残った肉や筋などをきれいにはぎとる作業を見ました。シートの上で作業をして、取り除いた組織のほんの小さなくずまで最終的にはきれいに集めて袋に入れるのです。以前、別のネーションの秋の収穫キャンプで、ムースの頭部から鼻先だけが切り取られているのを見たことがあり、疑問に思っていたので、作業を指示しながら見守っていた年長の男性に、ムースの鼻はどうするのかと訊いたら、「小さく切って食べるんだよ。少しも捨てる部分はないよ」と教えてくれました。

わずか1時間ばかりのうちに、ナイフ1本で骨を真っ白なきれいな状態にして、作業していた床もすっかりきれいになりました。「見せてくれてありがとう」と言ってテントを出てくると、みんなも「来てくれてありがとう」と声をかけてくれました。
翌日、もう一度テントを覗きに行くと、一度行っているので、見知った顔にテントの外でも出会いました。「こんにちは、みんなは中ですか?」と聞いたところ、「また来てくれたんだね、みんな中にいるよ」との返事。

テントの中でも「また来てくれたんだね」と温かく迎えてもらい、「バノックはここにあるよ」「ベリーのジャムはいま煮ているところ」「お茶はここにあるよ」「こないだつくっていたナイフはこんなふうにできあがったよ」とみんなが話しかけてくれます。

大きな鍋でつくるベリーのジャム

「これから3月までずっとここで実習してるから、いつでもおいで」と言っていただき、うれしい気持ちでテントを後にしました。ファーストネーションの学生やスタッフは、いつもこうして私を温かく迎えてくれました。それは私が留学生だから、ということが一番の理由なのかと思っていました。でも後にわかったことですが、ファーストネーションの人々の間では、食べものやお茶を分かち合い、旅人やゲストをもてなすことはずっと古くからの慣習なのでした。ゴールドラッシュで白人が押し寄せたときにも、ファーストネーションの人々は、食べ物を分け与え、道案内をして、白人たちと良好な関係を築いたそうです。

そして、コミュニティと関わり、コミュニティの人から学ぶということは、ファーストネーションの人々の学びの特徴でもあるのでした。私が受講していたFNGA100(インディジナス・ガバナンス入門)という科目でも、ふだん教室の中で行う授業の他に社会参加(community engagement)をして学んだことをレポートにまとめることが課題の1つとなってました。

CAFNのインタープリティブ・ガイド養成プログラムはその後、11月にテントを訪問した際には、スノーシューを白樺の原木から作る授業が行われていました。

道具はアートなんだなと感じました。

このプログラムの後半、3月以降はフィールドをCAFNの土地に移してガイドに必要な自然の解釈を学ぶということで、見学を予定していたのですが、あいにく新型コロナウイルスの影響によって地方のコミュニティを訪問することができなくなったうえ、急遽、帰国も余儀なくされてしまったため、かないませんでした。残念です。

大学の正規のプログラム Indigenous self-determination & governance

さて、ユーコン大学では上記のような少人数の、伝統的な学びの方法を取り入れたプログラムだけでなく、実はもっと幅広く、正規のプログラム全体に先住民族との共働が反映されています。ファーストネーション・イニシアチブという部署が機能しており(次項)、全学生、全職員がユーコンの先住民族に関する全般的・中核的知識を学ぶことが求められています(→4.3 YFNコア・コンピテンシー)。

なかでも、リベラルアーツ(教養学部)、サイエンス(理学部)、などと並んで「インディジナス・セルフデターミネーション&ガバナンス(先住民族の自己決定と自治)学部」があり、ユーコンのファーストネーション自治政府との共働で短期コースから3年制の学士コースまで、大学正規のプログラムが構築・実施されています。これらは特定の先住民族学生だけを対象としているのではなく、幅広くカナダ全土からの学生はもちろん、留学生も受け入れています。私が学んだ「ヘリテージ & カルチャープログラム」もその1つでした。

ファーストネーション・イニシアチブ(FNI)

FNIは、ユーコンの各先住民族のネーションと大学が連携し、カリキュラムと学校運営の両面で先住民族文化の理解と統合を推進するための部署*で、ファーストネーションのスタッフが働いています(もっとも、ファーストネーションのスタッフがいる部署はFNIだけではなく、ホワイトホースのキャンパスでもサテライトキャンパスでも、多くのカナダ先住民族の人がスタッフや教員として働いています)。

*学長直属のFNI諮問委員会(the President’s Advisory Committee on First Nations Initiatives; PACFNI)が、大学のガバナンス上、ファーストネーションの声を届ける重要な働きをしています。

◆Sunrise Report(2008)
FNIの行ってきた重要な仕事の1つとして、2008年に大学中枢部に提出した”Sunrise Report”という提案書があります。これには、カリキュラム、教育法、設備、スタッフ教育等において、先住民族の価値を反映し、脱植民地化を図るための具体的勧告が書かれています。このレポートが、大学における教育の脱植民地化・先住民化への礎となっています。

https://www.yukonu.ca/sites/default/files/inline-files/Sunrise_(Complete_with_covers)_February_2008.pdf

2022年03月18日更新