4.4 Two-eyed seeing(二つの目で見る)
Two-eyed seeingは、二つの目で見ること、すなわち二つの異なる世界観(→4.3参照)のレンズを通して物事をとらえることを意味しています。具体的には、先住民族の世界観と、非先住民族(多数民族・西欧民族)の世界観です。
私が留学していた頃のユーコン大学のカリキュラムでは、様々な授業の中で、ウエスタン・サイエンス(西洋科学、自然科学、狭義の科学)とトラディショナル・ナリッジ (TK、伝統的な知識、在来知、先住民族の知恵)の両方の視点が同様に大切であることを繰り返し学びました。シラバスでTwo-eyed seeingを明記している科目もあり、エルダー・オン・キャンパスの一人がゲスト講師として、環境・生態系に関してファーストネーションの価値観とゲノムの知識の両面から話をしてくださったこともありました。
「伝統知(在来知)と先端知が異なるアプローチをとる課題や歴史解釈について、どう考えるか」という問いは、授業や課題の中でたびたび繰り返されました。ウエスタン・サイエンスが伝統知にエビデンス(裏付け)を与えることもあれば、伝統知がウエスタン・サイエンスに新しい視点を与えることもあります。ウエスタン・サイエンスだけが唯一絶対的な価値をもっているわけでなく、異なる世界観があり、それを互いに尊重し共に生かすことが大事だということを、私自身も学びました。Two-eyed seeingは、ユーコン大学における学びの1つの中心概念だと言っていいでしょう。
学生だけでなく教職員も含めて、こうしたTwo-eyed seeingを学び続ける機会の1つが、ゲストスピーカーによるランチタイムセミナーです。だれでも自由に聴講できます。
ある2日続きのレクチャーのタイトルは「先住民の伝統的法体系の復興:過去と現在を橋渡しする」でした。「法」は世界観の重要な柱の1つ。多くの人が関心をもったのでしょう、レクチャーホールと呼ばれる大きな階段教室がいっぱいになりました。
講師は二日ともカナダ北部のファーストネーションの出身で、一人は法律家の若い研究者。もう一人は伝統知の立場から気候変動に関して活動を続けるエルダーで、1970年代、英国女王を相手取った歴史的な裁判と言われるPaulette Caseを起こし、ネーションにとって重要な川を含む土地を水力発電開発から守ったという功績があります。水環境に関する数々の活動があり、各国の水フォーラムでも発言してきたそうです。
どちらのレクチャーも、欧米・西洋的な「法」や「気候変動研究」に対して、伝統知あるいは先住民の視点からの「法」や「気候変動への対処」が語られました。率直な感想として、伝統知の伝え方自体が私にはまだなじめていないと実感させられたのですが、その中でも記憶に残った言葉がありますのでご紹介します。Two-eyed seeingに必要な具体的な考え方がよく表れています。
【法について】
法とは、問題を解決したり、安全を保ったり、複数の人の間で合意を得るためのもので、人の心の底にあるものだ。カナダの法は、ある目的のために恣意的に作られたもので、紙に書かれている。なぜ紙に書きつけなくてはいけないのか。法は心の中にあるものなのに。先住民族の法を知るには、エルダーやコミュニティーの話を聞くこと、歌・セレモニー・夢・ダンス・アート・土地・自然・言語・地図などを見ること、そして、いちばんよいのは、それが実践されている場所に飛び込んで、間違ったり、間違いを直されたりする経験をすることだ。
【かつて(エルダー自身が子どもだった頃)、おじいさんに質問した。ーsin(罪)って何?】
おじいさんも、そして私の父親も、即答した。人間がなしうる最も重い罪は、”To abuse the Earth.”(大地をいじめること・虐待すること)だと。
Two-eyed seeingと学問の自由
こうしたもう1つの視点をもつことは、脱植民地主義の観点でも、また地球規模の気候変動が現実のものとなった「人新世(Anthropocene)」における課題への対処という観点でも、重要です。しかし、教育の現場で「二つの目」を実践するのは簡単ではありません。事実、ユーコンカレッジでも「学問の自由」との関連から、これが議論されてきたことが明らかにされています(Staples, et. al. 2021)。
例えば、歴史の授業でユーコンの歴史を氷河期から始めることは、ワタリガラスが世界を創ったと伝えるファーストネーションの歴史観を排除することになるので、歴史の授業では両方を扱うことにするとしましょう。すると中には、ワタリガラスの物語を教えることはできないと反発する先生も出てきます。大学にとって学問の自由は重要で、教員が学問的な探究をし、学生にそれを伝えていく自由を保障する義務があります。ファクトとエビデンスに基づく「真実」を教えたい、しかしワタリガラスの物語にはエビデンスがない、と主張する先生の学問の自由をどう保障することができるでしょうか。
ここで、エビデンス(証拠)やプルーフ(証明)というものを、科学的研究方法やピアレビューを通して得られるものと規定するのは主流社会・植民社会の学問のスタンダードなのだということを考えなくてはなりません。科学的研究方法やピアレビューを、先住民族の知や教育法にあてはめることはできませんし、それを強要してきたのがまさに同化政策でした。
ファーストネーションの社会において、「物語」は単におもしろいお話、子ども向けの作り話ではなく、知識の共有や教育法が拠って立つものです。主流社会で「学問の自由」と言ったときにその根本にある、「暗黙の偏見」を問うのが大学の責任である、とStaplesらは指摘しています。真理やエビデンスといった概念へのアプローチが異なる知識体系を前に、それをどう「教育の脱植民地化」と「学問の自由」をめざす中で扱っていくのかは、それぞれの学校のガバナンス組織において最前線の課題として考察し、議論していかなくてはならないと言います。個別の物語について教えるかどうかの判断は、こうした議論のうえでなされるものです。ユーコン大学では、大学理事会に一定数の先住民族理事が入ることを保障しているということです。
【参考文献】
Staples, K., Klein, R., Southwick, T. et al. Indigenization and University Governance: Reflections from the Transition to Yukon University. Tert Educ Manag 27, 209–225 (2021).
Retrieved from https://doi.org/10.1007/s11233-021-09073-5
【参考】音声で聞くカナダ先住民族の物語
Traditional Stories and Creation Stories (Canadian History Hall | Canadian Museum of History)
https://www.historymuseum.ca/history-hall/traditional-and-creation-stories/#.
カナダ各地のストーリーテラー(語り部)6人が語る天地創造の物語。それぞれ伝統言語と、英語またはフランス語の通訳付き。
二つの視点で見る研究プログラム
二つの視点をもつことはできないと考える人もいるでしょう。思想の自由、学問の自由があります。しかし、まずは知ることが必要です。私自身、留学前は先住民族文化について漠然とした印象しかありませんでした。ユーコンで生活した1年半の間に、異なる視点、先住民族の視点があると知っただけでなく、それはこれまで自分が慣れ親しんできた視点や価値の「オルタナティブ」(別の選択肢)であると考えるようになりました。
日本語の「先住民(族)」という言葉に「遅れた」「素朴な」といった印象がつきまとう限り、オルタナティブだとは考えにくいかもしれません。日本では、日本の先住民族であるアイヌについて、ごく限られた情報しか学校教育の中で教えません。植民地政策の歴史を学び、日常的に様々な世代のアイヌと接する機会を通して、現代のアイヌ民族の人々がもつ視点を「和民族」や西欧の視点の対等なオルタナティブであると受け入れ、そのうえで遺骨返還や権利回復について議論するといったことを若い世代の学生が中心になって進められないでしょうか。
ユーコン大学では、2021年6月にそのものずばり”Two-Eyed Seeing Research Program”という研究プログラムが、ユーコン準州政府、ユーコン大学(Yukon University)、アルバータ・ノース大学の共働で設立されました。
このプログラムは、ユーコン全体に伝統的な価値や知識、伝統的な学びや教育の方法を浸透させ、伝統知と先端知を糾える縄のように生かして研究や教育を進めていくことを目指すものです。伝統知における「物語(Story telling)」の再評価や、気候変動研究に若い先住民学生が取り組む「ユーコン・ファーストネーション気候活動フェローシップ」などが具体的なプロジェクトとしてあげられています。
詳細は以下のYukon Uのプレスリリースを参照してください。
https://www.yukonu.ca/news/202106/two-eyed-seeing-research-program-established-yukon?fbclid=IwAR1z5DeH-rQsfdJMvE7kxyWQ6fU_sgvw4LcpCEBKRURY3Hc7fixJFUE75nE
その他参考文献
- Hatcher, A., Bartlett, C., Marshall, A., & Marshall, M. (2009).
Two-eyed seeing in the classroom environment: Concepts, approaches, and challenges. Canadian Journal of Science, Mathematics and Technology Education, 9(3), 141-153. Retrieved from
http://www.integrativescience.ca/uploads/articles/Hatcher-etal-2009-CJSMT-Two-Eyed-Seeing-classroom-cconcepts-approaches-challenges.pdf - Mortillaro, N. (2016).
How science and First Nations oral tradition are converging. CBC News, Technology & Science. Retrieved from
https://www.cbc.ca/news/science/science-first-nations-oral-tradition-converging-1.3862041