C-5 植民地化―伝統的な生活文化の禁止
開拓使の政策は、北海道の先住民族アイヌにとって、一方的に伝統、文化、生活を禁止し、土地と生きる糧と言葉を奪うものでした。挙句の果てには先祖の遺骨まで奪われていきました(C-6 あるアイヌ遺骨の盗掘、C-7 北大アイヌ納骨堂)。サッポロのアイヌに関係のありそうな明治初期の法令だけでも次のようなものが矢継ぎ早に出されています。それらの法令は、アイヌの伝統的な文化風習を「醜風(醜い風習)」とか「陋習(いやしい習慣)」などと一方的に決めつけて否定することから発しており、その背後には開拓使がアイヌ民族に向ける差別がありました。
言葉と文化風習の禁止と抑圧
1871(明治4)年の「土人への告諭」なる布令で、開拓使はアイヌ民族に対し、死者が出た際にチセを焼いて、転居すること、女性のシヌエ(入れ墨)、男性の耳輪を禁止し、日本語の習得を押し付けていきました。
創氏改名
1871(明治4)年に日本政府が制定した戸籍法により、アイヌ民族は「平民」として戸籍に組み込まれて日本国民とされ、それまでになかった姓を与えられ、名も日本風に替えられました。例えばフシコ・コタンのイコリキナさんは「古川伊吾」にされました。フシコは「古い」という意味で、そこに古いサッポロ川が流れていたから「古川」という苗字にされ、「伊吾」はアイヌ名・イコリキナの前半の音の当て字と思われます。
土地の収奪
1872(明治5年)の「北海道土地売貸規則」と「地所規則」、1877(明治10)年の「北海道地券発行条例」、1886(明治19)年の「北海道土地払下規則」などの法令によって開拓使および北海道は、北海道の土地を官有地に編入したり、入植してきた和人の私有地にしたりしていきました。このことで、アイヌはコタンでの生活と、生きる糧を得てきたイオルでの活動が制限され、その土地は奪われ、またより条件の悪い土地に移住せざるを得ない状況に追い込まれることになりました。
伝統的な狩猟の禁止
1876(明治9)年の「北海道鹿猟規則」などで、開拓使はアイヌが伝統的に営んできた毒矢、仕掛け弓(アマッポ)による狩猟を禁止し、鹿猟を行うに免許鑑札を取得した上で、猟銃を用いることを条件としました。この規則とアイヌ民族との関係については山田伸一氏(2011)が、史料に基づいて詳細に論じています。
鮭鱒漁の禁止
1878(明治11)年に、開拓使は漁業資源「保護」を名目に、「開拓使布達甲第43号」によって「札幌郡内諸川」すなわち石狩川支流での鮭鱒漁を禁止しました。
これは石狩地方ではなく、平取の沙流川流域ですが、その地域の二風谷地区のアイヌである萱野茂さんは著書『アイヌの碑』で、鮭の禁漁についてこのように書いています。
アイヌ民族が死に絶えることなく、生き続けられてこれた理由の一つに、食糧を充分手に入れることができたということがあります。食糧とは、鮭と鹿の肉です。だからアイヌは鮭を大切にし、自然の摂理に従って捕獲したのです。
シャモが作った鮭の禁漁などという法律は、鮭をあてにして生活してきたアイヌにとっては「死ね」というような法律です。(萱野1990:76₋77)
この不法な法によって、アイヌはそれまで生きる糧としてきた鮭を川で獲ると「密漁」とされ、警察に逮捕されることにもなりました。実際、萱野さんの父は巡査に連行されました。そのことについて萱野さんの祖母は以下のようにアイヌ語で嘆いたといいます。
シサㇺカラペ チェッネワヘ クポホウッワ カムイエパロイキ コエトゥレンノ ポホウラタエレㇷ゚ アコパㇰハウェタアン ウェンシサㇺウタㇻ ウッヒアナッ ソモアパッハウェタアン
(和人が作った物 鮭であるまいし わたしの息子がそれを獲って神々に食べさせ それと合わせて子供たちに食べさせたのに それによって罰を与えられるとは何事だ 悪い和人が獲った分には罰が当たらないとは 全く不可解な話だ。)(萱野1990:76)
これら開拓使の政策とサッポロにおけるアイヌ・コタンの消滅は、表裏一体の関係にあります。日本政府が1869(明治2)年に「北海道」を日本に組み込み、その際に設けた統治機関・開拓使が、開拓という名の植民地化政策を進めたから、サッポロでは明治の早い段階でアイヌが生活できなくなり、各地に移動分散せざるを得なくなったのです。つまりコタンが消滅する条件を政策的に作り出したのです。これは植民地責任の問題であり、また先住権の回復の問題でもあります(北大開示文書研究会2020;ラポロアイヌネイション・北大開示文書研究会2021)。
2020年8月に十勝浦幌のアイヌ・コタンの子孫による「ラポロアイヌネイション」が、日本政府と北海道を相手取って、川での鮭捕獲権の確認を求める訴訟を札幌地裁で起こしました。これは日本における先住権の回復に向けた初めての裁判で、その行方が注目されます。またサッポロにおけるアイヌの先住権とは何かについても議論すべき時が来ているのではないでしょうか。
参照文献
萱野茂1990『アイヌの碑』朝日新聞社(2021『完本 アイヌの碑』として再版)。
北大開示文書研究会(編)2020『アイヌの権利とは何か:新法・象徴空間・五輪と先住民族』かもがわ出版。
山田伸一2011『近代北海道とアイヌ民族:狩猟規制と土地問題』北海道大学出版会。
ラポロアイヌネイション・北大開示文書研究会『サーモンピープル:アイヌのサケ捕獲権回復をめざして』かりん舎。