4.2.7 「ANTH144 遺産と文化実習」
ANTH144は4週間の集中実習で、ヘリテージ&カルチャープログラムのハイライトとも言えるものでした。主な内容は次の通りです。
https://www.yukonu.ca/programs/courses/anth-144
・運営母体の異なるミュージアムや先住民族の文化センターを見学、考察
・アーカイブ(文書館)の利用法(座学と実習)
・ミュージアム収蔵品の保護と展示法(座学と実習)
・文化財の解説・表示(Interpretation)(座学と実習)
・歴史地区(Historic Sites)の登録法(測量、文書作成など)
・考古学発掘実習
・ファーストネーションの伝統的学びを実施している教育施設の見学
・プロセス・ペーパー(考古学調査研究の計画・提案書)の作成 (詳細は5.1を参照)
二人一組になって建築物の測量をしたり、発掘を行ったりするのは、非常に難しくも実りの多い実習でした。私にとってはパートナーとの細かいコミュニケーションに必要な英語力がなく、逆に作業内容を正しく把握して測量や図面引きなどの細かい仕事を行うことは日本人の方が得意なようで、一人で作業したらよほど楽ではないかと思う場面もたびたびでした。しかし毎日、文字通り朝から晩まで、言葉や文化が異なる人と共に過ごし、共働するということを体験し、4週間後には互いに親友・兄弟姉妹と思えるほどに友情と信頼を深めることができました。個人的には、私と同年代の女性のファーストネーションの学生二人がいたことで、考えさせられること、学ぶことが一層多く、深くなりました。
留学中、私自身は白人のカナダ人とファーストネーションの間に立ち位置があるような自覚をもっていましたが、ファーストネーションの人から見ればやはり植民地主義の国から来た人と見えるのではないかと感じる場面もありました。反対に、英語が流暢でないために、「劣った人」のように見られている感覚を覚えたこともありました。それはかつて、母語を奪われ英語を使って生活することを強要された先住民族の人々の感情に似ているのではないでしょうか。教育の場で多様な学生の関係をフラットにする上で、言語の選択は重要です。
2021年3月17日に開催された北海道大学 アイヌ・先住民研究センター公開講座第6回 「先住民研究の現在 ー『民族誌の三者構造』と研究倫理的課題ー」で、センター助教の石原真衣さんが少数者であることについて語っていたのが印象的で共感を覚えました。私自身、カナダでは英語を流ちょうに使えないことで少数者であり、そのために辺縁にいることを感じる場面がありました。石原さんは、アイヌの若者には英語を学び、英語でアカデミアに参加できるようになることを希望すると語ります。この点にも賛同します。北大でもし、先住民族学習(Indigenous learning)のプログラムを実施するなら、英語で行うとよいのではないでしょうか。
実は、私が受講した2019年は、ANTH144開講以来最も受講者数が多く、しかもはじめて留学生を受け入れたチャレンジの年だったそうです。先生曰く、
「異なる文化的背景の学生とともにファーストネーションの文化・歴史に関するフィールドワークをするのは、『実験』だった。留学生にとっては、英語でのコミュニケーションが大変だったはずだし、毎日、一日中、十数人で顔を突き合わせていくなかでは文化的なストレスもあったはず。それでも、互いにkind(親切)であり続け、理解し合って、いまやベストフレンドになれたことはすばらしかった。フィールドワークはだれにでもできることではなく、研究者のなかにもうまくできない人もいる。最終的に、遠方のコミュニティから通っていたメンバーも含めてやりとげたことには驚いた」と。
実際には、途中で体調を崩した人もいれば、いくつかの小さい事件も起こっています。そうしたことを受け止めながら、この濃密な実習を企画・実施してくれた先生と大学に感謝しています。
*ANTH144は2020年には新型コロナウイルス感染拡大の影響で実施されなかったということです。
ヘリテージ&カルチャープログラムは、本来はファーストネーションの学生(だけ)を対象として考えられていたのかもしれません。しかし、非先住民族の学生を受け入れることで、主流社会のカナダ市民やカナダ国外の人がカナダ先住民族について学ぶ機会となり、ひいてはそれぞれの国において和解や相互理解を進めることにつながっていく可能性があります。私自身、そのような意識でこのウェブサイトの記事を書いています。