2.3.0 私の知らないカナダ先住民族の心の暗闇
カナダ留学中、はじめて「トラウマ」という言葉を耳にしたのは、留学生活3か月がたったころでした。ある教育関係者のワークショップで、先住民族の学生は大学に何を期待するか、また大学はそうした学生に何を提供できるかを話し合うサブグループに入りました(私自身が学生なのにこのような集まりに参加しているのは、留学生の声を聞こうという姿勢なのだと思います)。
初めに、ある架空の先住民族学生を想定して、その学生はどんな人物か、どのような課題をもっているかを出し合います。グループの参加者から出てきた答えの中に次のようなものがありました。
「たくさんの障害がある」
「これまで適切な教育を受けられていない」
「PTSDを被っている」(心的外傷後ストレス障害 Post Traumatic Stress Disorder)
「レガシー」
「カウンセリングを必要としている」
新入生オリエンテーションの際に学生向けカウンセリングサービスが充実しているのを知って驚いたこと、エルダーの話からPTSDやレガシーが親世代からの虐待経験に関連しているのではないかとうすうす感じていたことなど、それまで3か月の体験がつながり始めました。ちょうどその頃、Facebookに出てきたユーコン準州政府の広告で、死亡または失踪したファーストネーションの女性たちに関わるサポートサービスを見たところでした。別のニュースサイトでは、カナダ全土でこれまで数千人の女性の死亡・失踪について、原因がはっきりしないまま自殺とか事故として処理されてきたことが最近になって問題となり、中には明らかに頭部を殴打陥没して亡くなっているのに自殺とされている例などが見つかってきたという記事を見ました*。虐待なのだろうか、精神的な病のせいなのだろうか…私の知らない暗闇があることに気づき始めたのでした。
そういえば、私とカナダ北部のはじめてのつながりとなったマウンテンさんとの関係(先述)も、アルコール依存症や胎児に関する、何か曖昧で近づきがたい内容のメールでいったん途切れてしまったのでした。
結局、このようにだれもはっきりと説明してくれないけれども、確かに暗闇がある、ということが、家庭の中で、コミュニティの中で、世代や場所を超えて共有されていることこそがトラウマなのでしょう。私はその暗闇が何なのかを知りたくて、キャンパスの内外で行われるさまざまなイベントに、「トラウマ」「レジリエンス(復元力、立ち直る力)」「和解」「寄宿学校」「メンタルヘルス」といったキーワードを見つけるとできるだけ参加してきました。
*先住民族女性・少女の失踪/殺害事件(MMIWG)については、2.2を参照してください。この問題は、世代を超えたトラウマの原因であると同時に、トラウマが新たな失踪者・殺害事件の被害者を生む原因となる負の連鎖を生んでいます。