4.1. カナダ独特の制度サーティフィケートと、ユーコン大学ヘリテージ & カルチャープログラム
2018年9月にユーコン大学に入学した私は、サーティフィケート(Certificate)という1年以内で修了できる専門課程の1つ、ヘリテージ & カルチャー(遺産と文化)プログラム(Heritage & Culture Certificate program)で学びました。専門課程といっても、高校卒業の証明と英語力の要件を満たせば入学することができます。内容的には必修科目として特定分野の入門レベルの内容を広く学び、一部は入門レベルよりも高いレベルの講義や実習も必修(または選択可能)となっています。他に選択科目として、他の分野の入門レベルの授業を受けることもでき、必要数の単位を満たすとサーティフィケートが認定されます。
多くのサーティフィケートは2セメスター(1セメスターは約4か月)で修了できるのですが、ヘリテージ & カルチャープログラムは春学期(5・6月)に開講する実習が必修となっていて、2018年9月から2019年6月までの10か月で修了しました。
修了の要件となる必修科目のクラスメイトの中には、同じプログラムに在籍している学生もいれば、Diploma(高卒後の2年間で修了できるコース)やDegree(同じく4年間で修了できる学士コース)のプログラムに在籍している学生もいましたし、1科目だけを受講している人やいわゆる聴講生もいました。
なおヘリテージ & カルチャープログラムはユーコン大学がユニバーシティになった今も設置されていますが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて新規学生募集を見合わせているようです(2021年12月現在)。
https://www.yukonu.ca/programs/heritage-and-culture
ヘリテージ & カルチャープログラムの対象と目的
私はサイエンスライターとしての仕事を通して、一般的に「どのような情報や物を残し、どのように伝えるべきか」という問題意識をもったことから、このヘリテージ & カルチャーサーティフィケート(以下HCC)に興味をもったのですが、実際に留学して学ぶうち、ユーコンの先住民族の歴史や文化、言語を復興し、伝えるための実務家を育てることに目的をおいたプログラムであることがわかりました。必ずしも先住民族学生だけを対象としているわけではなく、現に、私と同期にもう一人、偶然にも日本人留学生が在籍していましたが、学びの範囲としてはユーコンの先住民族自治政府において遺産・文化の管理や復興プログラムを進める人材に必要な、基礎知識とスキルを網羅するものでした。
かつてヨーロッパ系の移民が作ったカナダ政府は、植民地主義の下、先住民族の土地、言語、文化、人権を奪い、同化政策を進めるため、子どもたちを親から引き離して寄宿学校に長期間押し込めました。子どもたちは親やコミュニティから隔離され、英語を話すことを強要され、あらゆる虐待を受け、民族の自覚や尊厳を損なわれました。約120年間にわたって続いた寄宿学校制度のために、人々のつながりは断絶し、伝統的な言語は若者世代に受け継がれず消滅の危機に陥りました。しかし20世紀終盤、ユーコンの先住民族はカナダ政府、準州政府との間で土地権益の回復を約束する条約を結び、自己決定・自治に向けた歩みを始めます。
今もなお、暴力の連鎖やトラウマが大きな課題となっている状況において、若い世代が必要とするのは、自らの民族の歴史を学び、言語や文化を復興し、自己決定・自治を実現するための教育です。HCCは、そのような目的をもったプログラムなのです。
そのため、カリキュラムには、ユーコンの先住民族の歴史、行政学、博物館学、言語学、人類学などの基礎が含まれ、倫理、自己認識、批判的思考、伝統的価値や遺産の継承といった分野における専門性をはぐくむことが期待されています。
また別のところで詳しく触れますが、先住民族の権利回復と和解のためには、ユーコンに住むすべての人が先住民族の歴史や文化、自己決定に向けた歩みについて知る必要があるとの考えから、ユーコン大学ではユーコン・ファーストネーション・コア・コンピテンシーと称して、そうした中核的知識を職員と学生全員が学ぶことになっています(→4.3 YFNコア・コンピテンシー)。