2.3.1 学校に安全な場所をつくるエルダー
カナダ先住民族の人々が苦しむトラウマの大きな原因の1つは、寄宿学校制度(2.1参照)です。
先住民族の学生の中には、かつて寄宿学校に通っていた両親や祖父母がトラウマを抱えたままだというケースもあれば、そうした上の世代のトラウマのために自身もトラウマをもっているケースもあります。ユーコン大学ではさまざまな年代の学生が学んでおり、40代以上の学生の場合、自ら寄宿学校に通った経験をもつ人もいます。彼らの悲しみや怒りを理解するのは簡単なことではありません。しかし、日々の交流を通して少しずつ、ふだんの明るい表情の下にある暗闇を垣間見ることがありました。
親が寄宿学校のトラウマに苦しんでいる若者は、どうして自分の親がいつも怒りに満ちているのか、RCMP(カナダ連邦警察)やソーシャルワーカー*を嫌うのか、アルコールやドラッグに溺れているのか、あるいは暴力を振るうのか、理解することができないかもしれません。トラウマに苦しんでいる当事者は、さまざま理由で辛い経験について話すことができない場合があるからです。
(*ソーシャルワーカーは先住民族の子どもを親から引き離し、非先住民族家庭の養子にする同化政策を担っていたケース、時代がある。)
ユーコン大学には校舎の中にエルダーの部屋があります。そこにはお茶が用意されていて、扉が開いていればだれでも自由に座って過ごしていいことになっています。エルダー・オン・キャンパス(→3.3参照)が来ているときには一緒に話したり、エルダーの指導でビーズ細工や伝統言語の講座が開かれることもあります。部屋の奥のデスクには、エルダー・オン・キャンパスの活動をコーディネートする専属のスタッフがいて、学生がエルダーに対して適切に接することができるように、また講義やインタビューの管理などマネージャーのような仕事をしています。学生とエルダーが落ち着いた環境で話ができるよう、またエルダーがたくさんの学生からのインタビューでてんてこまいになったりしないよう、大学として配慮しているのです。
寄宿学校のサバイバー(生存者)であるエルダー・オン・キャンパスは、トラウマを抱える親たちに代わり、寄宿学校ではどのようなことが行われたのか、親たちが何を悩み、苦しんでいるかを学生に伝えることができます。学生は、エルダー・オン・キャンパスと話すことで親の悩みを知り、トラウマの連鎖を断ち切るきっかけを得られるかもしれません。ビーズ細工は、伝統的な工芸であるというだけでなく、気持ちを静めて集中することでヒーリングの効果があります。先住民族学生にとってだけでなく、親元を離れて学んでいる留学生にとっても、エルダー・オン・キャンパスのいるところは安心できる場所、安全な場所となっています。
他に、ユーコン大学の建物の中には、一人で静かになりたい人のための部屋(自習室ではなく、お祈りや瞑想のための部屋)がありました。こうした教室以外の部屋については、新入生のためのキャンパスツアーで紹介されます。