ペルー アヤクチョ

武力紛争で奪われた家族の記憶

B-9 パブロラルドアルビテスパリオナさん

犠牲者
パブロ・ヘラルド・アルビテオ・パリオナさん
証言者
ルシア・パリオナ・ジャモハさん

パブロさんの母親が1984年8月8日にウアマンガの検察庁に提出した書類で、息子の失踪を報告したもの

 パブロさんロス・リベルタドーレス校で小学校を終えた後、中等教育を受けるためルイス・カランサ校へと移った。彼は家族が営む工房で毛布を織る仕事をしていた。

 1984年6月24日、午前12時30分、パブロさんは機織りをしていたが、海軍兵士の一群がウアマンガ市プエブロ・リブレ地区のバリオス・アルトスにある自宅に乗り込んで来た。母親のルシア・パリオナ・ジャモハさんが必死に守ろうとしたが叶わず、パブロさんは連行された。兵士は「少しの間付き合ってもらうだけだ」と母親に言ったが、母が後を追うと「帰らなければ殺す」と脅した。

 母は、息子の行方を追ってロス・カビートス兵舎などを尋ねまわったが、どの場所でもここでは拘束していないと言われるだけだった。その後も、両親はあらゆる場所を探し歩いたが見つからず、父親は息子に再会することなく亡くなってしまった。

⇒証言(ルシア・パリオナ・ジャモハさん)へのリンク

2022年03月22日更新