ペルー アヤクチョ

武力紛争で奪われた家族の記憶

C-3 マルセリーノエンシソガルシアさんのセーター

犠牲者
マルセリーノ・エンシソ・ガルシアさん
証言者
アントニア・ロドリゲス・トゥピア・デ・エンシソさん

マルセリーノ・エンシソ・ガルシアさん(この顔写真は、娘のノーマ・エンシソが持っている唯一の父マルセリーノの写真である)

 1990年、マルセリーノはセンデロ・ルミノソの脅威が見に迫ったため、村役を務めていたルカスパタ村を家族と共に離れて、ウアマンガへと移り住んだ。しかし、アコクロ地区の従姉妹宅で休んでいた時にセンデロ・ルミノソに連行されてしまった。その後、マルセリーノの身の上に何が起こったのかは分かっていない。

 妻のアントニア・ロドリゲスは、8歳と生後5ヶ月の息子達を連れて夫を探し歩いた。当時、村人全員がセンデロ・ルミノソ党員であったパンティパンパ村まで探しに行ったが、夫については何も知らされず、武器で脅されながら24時間拘束された。

マルセリーノ・エンシソ・ガルシアさんのセーター

 このセーターは、マルセリーノ・エンシソの家族が保管していたもので、マルセリーノ自身が織ったポンチョと一緒にしまわれていた。

⇒証言(アントニア・ロドリゲス・トゥピア・デ・エンシソ)さんへのリンク

2022年03月18日更新