ペルー アヤクチョ

武力紛争で奪われた家族の記憶

A-2 レタブロ「暴力の歴史とアンファセップ誕生」

レタブロ遠景
レタブロ

 レタブロ(retablo)とは本来、教会の祭壇の背後に設置される飾り衝立(ついたて)の意味です。南米の植民地時代には、スペイン人宣教師がアンデスの村々をまわる際、村人に教義を説くために、キリストや聖人の像を収めた扉付きの木箱を持ち歩きました。その木箱も「レタブロ」と呼ばれました。その後、アヤクチョ地方ではそれが伝統的な工芸品となりました。

 このレタブロの伝統を引き継いで、武力紛争の記憶を表現したのがこの作品「暴力の歴史とアンファセップの誕生」です。これは、武力紛争の時代にアンファセップの子ども食堂で育った、セルヒオ・ウアマニ・ミトマの手によって作られました。当時、母親らは行方不明の家族を探し歩いて留守がちであったため、多くの子ども達が1日の大半を子ども食堂で過ごしていました。そこで子ども達は、アートセラピーの一環として、伝統工芸品や絵画の制作を学びました。その中の1人であったセルヒオが成人してから、記憶博物館の展示物の1つとしてこのレタブロを制作したのです。

 作品は4段で構成されており、それぞれの段には武力紛争以前の村々の様子、武力紛争時代、アンファセップの誕生、そして武力紛争後の復興が表現されています。

下から1段目(土台部分):武力紛争以前の村々の様子

土台左:トウモロコシの収穫
土台中央:隣人の家の新築を祝う村人達
土台右:草競馬に興じる村人達

下から2段目: 武力紛争の時代

下から2段目左:センデロ・ルミノソのイデオロギーに傾倒した村人達
下から2段目中央:国軍に襲撃される村々
下から2段目右:各地で繰り返されたセンデロ・ルミノソによる虐殺行為

下から3段目:アンファセップの誕生

下から3段目左:アンファセップの女性達による初めてのデモ行進
下から3段目中央:アンファセップ子ども食堂
下から3段目右:レタブロ作りを学ぶ武力紛争被害者の子ども達

最上列:武力紛争後の復興

最上段左:武力紛争後の長い時間を経て村々に祭りが戻ってきた
最上段中央:犠牲者を弔うための追悼式
最上段右:住民の証言に基づいた遺体発掘捜査の様子

2022年03月18日更新