2.3.3 学生のウェル・ビーイングに関するワークショップに参加した経験から
2019年4月下旬、「中等教育後の学生のウェル・ビーイング(心身の幸福)に関するワークショップ」というものがあり、パネリストとして出席しました。メンタルヘルスの実務に、現場レベルで関わるスタッフのためのミーティングだということでした。私は、留学生代表として自分自身の経験について話せばよいというので気軽にOKしました。4分程度の持ち時間があるとのことだったので原稿を準備して参加しました。
会場についてみると、パネリストは他に、カレッジのスタッフが2人、ファーストネーションの学生が3人(といってもそのうち二人は私よりさらに年配で、もう一人は30代くらい)で、それぞれが4分の持ち時間のはずだったのに、10分以上は喋ったのではないでしょうか。日本でもマイクをもったら決まった以上に長く話す人がいるように、カナダもそういう人が多いのかなと思いかけて、気づきました。これもプロトコル(あるいは文化の一部)で、ファーストネーションの人々は一人一人の言いたいことを急がずにきちんと最後まで聞き、他の人の話を聞いてまた言いたいことができたらそれも話し、全員が言いたいことを言い終えるまで適当に切り上げるということはしないと聞いたことがあります。
私の直前に話した一番若い学生は、自分の発表の際、「まず言いたいことは、自分は小さなコミュニティで育ったので話し方にアクセントがあるし、このように西洋のやり方(白人流のパネルディスカッションのことでしょうか)で 話すことには慣れていない。こうして話すこと自体が一種の植民地化(Colonization)の表れだ。自分はこのような場所で話すことには、精神的に準備できていない」と言って話し始めました。結局、彼も10分以上話しました。
ファーストネーションの学生の場合、親や祖父母世代の寄宿学校の影響(世代を超えたトラウマ)、アルコール、ドラッグ、虐待、殺人、行方不明など多くの問題を抱えてカレッジに来ている人も少なくありません。子どもを育てている学生もいれば、トラウマを抱えた家族がいる学生もいます。そうした状況で、授業に出るとか宿題を提出するというのは大きなチャレンジで、1年目はほとんどカオスのうちに終わることもあります。それが2年目、3年目になって自分なりのやり方を見つけたり、教育の意義を見出したり、またカレッジのサポートを受けて地域への還元を実現したりとさまざまな成果を生んでいます。そういう経験の中で、どういったサポートを必要としている、ということを私以外の学生それぞれが語りました。
私の順番は最後で、みんなの話を聞いているうちに、私のチャレンジなんて大したものじゃないなあと思い始めてしまいましたが、留学生としての経験を話せるのは私だけですし、4分と言われたら4分で話すのも留学生代表の務めだと開き直って話しました。こういう場面では西欧化された日本人であることを自覚せざるを得ません。
学生をサポートする立場のスタッフの話もとてもよかったので紹介します。
「自分は学生のサポートの仕事をする上で心がけていることとして、『相手に問いかけをする』『決して前提を先に作らない』ことを大事にしています。学生にとってのサクセス(成功)とは何かという点についてさえ、前提をつくらないこと。人それぞれに価値が違い、サクセスと思えることもちがえば、バリア=障害となっていることも違うからです。私は北部(North)で過ごして13年になりますが、Northで学んだ一番大きなことは、『判断 Judgement』をしないこと。人はそれぞれに事情があります。それをスタッフである私が判断して、こうしなさい、ああしなさいというのは違うのです。」
ワークショップのランチタイムには、複数の人から声をかけられ、私の発言に対する感想などをいただきました。参加していたエルダーの一人からは、「コミュニケーションは、英語ができるかどうかじゃなくて、真実(Truth)があることが大事。人と人とが直接話して信頼を持てることが大事」と助言をいただきました。こうした集まりには必ずエルダーが招かれて、冒頭のお祈りや参加者のサポートをし、安全な場所をつくります。
カナダ全体でメンタルヘルスへの関心が高いことはもちろん、カナダ北部は住民の先住民族比率が高く、先住民族学生のメンタルヘルスは大きな社会課題となっていることから、このような取り組みが活発なのでしょう。
※実はメンタルヘルス関連のイベントは非常に多く、いつのまにか私はユーコンカレッジの留学生の代表のようになって発表する機会が増えていました。上記のワークショップと同時期、カナダ北部メンタルヘルス協会という別の団体の主催で、学生のメンタルヘルスを支援するスタンダードをつくるため、学生の声をヒヤリングする会議に出席しました。秋にはトロントで行われた広域会議で最終のヒヤリングが行われ、カナダ全土版のスタンダードが公表されました。
https://mentalhealthcommission.ca/studentstandard/
参考
- 動画「世代を超えたトラウマと寄宿学校(Intergenerational Trauma and Residential Schools)」
寄宿学校がもたらした、世代を超えたトラウマに関する記事と導入ビデオ。執筆者自身ファーストネーションで、先住民族のメンタルウェルネスの専門家。
https://www.thecanadianencyclopedia.ca/en/article/intergenerational-trauma-and-residential-schools
- 寄宿学校制度が先住民族の人々に与えた世代間トラウマに関する論文
Residential Schools: The Intergenerational Impacts on Aboriginal Peoples
https://www.collectionscanada.gc.ca/obj/thesescanada/vol2/OSUL/TC-OSUL-382.PDF