カナダ ユーコン

大学と先住民族との共働

2.1.4 寄宿学校の記憶を伝える

エルダーへのインタビューでロジャーが語ってくれたように、寄宿学校の歴史とその影響を、ファーストネーションの視点で記録し伝えることは、非常に重要です。主流社会に属する人が、少数者、とくに被植民者に関する歴史を必ずしも公平に語れるとは限りません*。しかもファーストネーションの人々は本来、口承で歴史を伝えてきたので、記述された歴史としては植民者の書いたものだけが伝えられる懸念があります。

留学中、私はファーストネーションのクラスメイトやエルダーと日常的に接していましたし、寄宿学校の元生徒やその家族の人の話を聞く機会が学内やコミュニティの中でもたびたびありました。そのような経験の中で私は、ファーストネーションの人々の語りがとても控えめで、なんとなく暗闇を抱えているのはわかるもののそれが具体的に何なのか掴みかねるという印象を持ち続けてきました。私が出会った人々には控えめな語りをする傾向があったと思いますし、何を語るかについての価値の違いもあるのかもしれません。

一種の「通訳者」「翻訳者」が必要な場合もあります。どんな人も「外部の人」に対して、身内のことを赤裸々に語れるとは限りませんし、被植民者であった人々が主流社会に向けて率直な語りをすること(またその語りを主流社会が十分に理解すること)は難しいのではないでしょうか。

こうして帰国した今、いろいろな文献を読んだり、他国の事例(とくに足元の北海道におけるアイヌの人々の事例)を聞いたりすることによって、はじめてユーコンでの体験がわかってきた部分も大きいのです。実は、先に紹介したロジャーのインタビューも、今回改めて読み直してはじめて、ロジャーが「理解を伝える」ということにどれほどこだわっていたかに気づきました。だれもが辛い体験を語ることはできないなかで、サバイバーとして語ることのできる人、エルダーとしてコミュニティの中で皆が耳を傾ける人、あるいはストーリーテラーとして語りの技法を身につけている人が語ることの意義は大きいのです。

真実和解委員会が行った大規模な聞き取り調査をはじめ、ファーストネーション側の語りによって寄宿学校の記憶が主流社会にも伝えられるようになりました。カナダ政府の公式謝罪も行われています。補償制度の実現も進んでいます。しかしこれで「和解」が完了したわけではありません。
今日、カナダ全土において先住民寄宿学校はもう存在していません。しかし、120年にわたる寄宿学校制度の負の遺産として、先住民族の文化や言語が消滅の危機にあり、それを取り戻すために人々は今なお苦しんでいます。和解は、未来に向かって継続していく行動です。負の歴史を記憶し続け、その遺産を理解し、トラウマを抱くコミュニティを支え続けなくてはなりません。

*その意味においても、主流社会の非先住民の著者による文献で、「文化的虐殺(Cultural Genocide)」とか「国家的犯罪(National Crime)」といった表現が使われるようになったことは特筆すべきです。例えば以下のような例があります。

  • McGregor, D. (2018). From “Decolonized” to Reconciliation Research in Canada: Drawing from Indigenous Research Paradigms. ACME: An International E-Journal for Critical Geogra-phies, 17(3), 810–831.
  • Milloy, J. S., & McCallum, M. J. (2017). A National Crime : The Canadian Government and the  Residential School System (Vol. Anniversary edition). Winnipeg, Manitoba: University of Manitoba Press.

また、被植民者・先住民族として自身の歴史を記すことに関して、次の文献があります。
  ・ 新井かおり(2021), 「アイヌ側から見たアイヌ史」はいかに不/可能か : 貝沢正資料からみる各アイヌ史の編纂について」アイヌ・先住民研究1:173-200 https://doi.org/10.14943/97172

-ユーコンの事例1 ファーストネーションの視点で描く記録

ユーコンでは、先住民族比率が高いということもあってか、比較的、先住民族の視点で寄宿学校の記憶を伝える活動が進んでいるようです。2015年には、ユーコンのすべての学校でグレード10(日本の高校1年生に相当)の生徒は寄宿学校制度の歴史について学ぶことが必修となりました。そのテキスト“Our Stories of Residential Schools in Yukon and Canada: Seeking Understanding — Finding Our Way Together” もファーストネーションの共働によって編纂されています。

また、「ホワイトホース・先住民族女性の会」(Whitehorse Aboriginal Women’s Circle)は、寄宿学校の歴史を記録した写真集「Finding Our Face(私たちの顔を見つけて)」を2015年にはじめて出版し、さらに取材や調査を重ねて第2版を2018年に作成して、寄宿学校の元生徒やその家族、コミュニティの人々などに配布しています。

モニュメント’Join the circle’の除幕式では、ホワイトホースにあった寄宿学校の歴史とそこに通った子どもたちの写真を掲載した書籍「Finding Our Face(私たちの顔を見つけて)第2版」が配布された(写真上)。右はその中に掲載された写真。エリザベス女王の肖像が掲げられた教室で、白人風の髪型、服装をさせられたファーストネーションの子どもたちが写っている。
(出典:Whitehorse Aboriginal Women’s Circle. (2018). Finding Our Faces (2nd. ed). Altona, MB: Friesens Corporation. photo by Krause family photos.)

 

さらに、ユーコンのファーストネーションの視点で歴史、文化、今日の現実について網羅的にまとめた書籍「エコー」(ECHO:Ethnographic, Cultural and Historical Overview of Yukon’s First Peoples)が編纂されています。著者の一人は私の主任教師でもあったビクトリア・カスティージョ先生で、授業の予習として毎回、指定箇所を読むようにいわれました。最近、改訂版ができてpdf版、e-book版がオンラインで無料配布されています。

・Castillo, V. E., Schreyer, C., & Southwick, T. (2020). ECHO: Ethnographic, cultural and historical overview of Yukon’s First Peoples. Institute for Community Engaged Research Press.
・EBook ISBN: 978-1-988804-32-3Print ISBN:978-1-988804-32-3
https://pressbooks.bccampus.ca/echoyukonsfirstpeople/

ビクトリア自身はチリ出身ですが、もう一人の主著者は私のクラスメイトのお母さんで地元のファーストネーションコミュニティにおいてとてもパワフルな存在でもあるトッシュ・サウスウィックさんです。
ビクトリアとトッシュ、二人のパワフルな女性によるインタビューは、以下のリンクで見ることができます。

https://twitter.com/i/status/1283902484306522112

「私にとっての関心は、北方域に住む者の視点(northern perspectives)を描くことでした」(トッシュの言葉)

ユーコンの事例2 「癒しのトーテム」

ホワイトホースの中心部、ユーコン川の近くに立つ「癒しのトーテム」healing totemは、寄宿学校制度によって被害・影響を被ったすべての子ども、家族、コミュニティに捧げられたトーテムポールです。根元に近いところから順に、「母親」「3人の子どもたち」「父親」「オオカミ」「ワタリガラス」が彫られており、皆が再会し、1つに結びつき合うことを象徴しています。オオカミとワタリガラスは、ユーコンのファーストネーションの主要なクラン(家系の象徴)です。ワタリガラスは月をくわえており、人々をいつでも照らす光があることを示します。ワタリガラスとオオカミの間には、何も彫られていない部分が残されており、未来の世代を待ち受ける無限の可能性を示しています。
(参考:Whitehorse Aboriginal Women’s Circle. (2018). Finding Our Faces (2nd. ed). Altona, MB: Friesens Corporation.)

このトーテムポールを削り出した際に生じた木片のひとつひとつに、寄宿学校のかつての生徒やその家族、寄宿学校で命を落とした生徒の友人らがサインをし、それらを燃やしてできた灰を箱に収めてトーテムポールの内部(「母親」が手に持つ部分)に埋め込んでいます。それは、子どもたちを母親の元に返すことを意味しています。

このトーテムポールは、ユーコンに住む先住民族と非先住民族がともに手を携え、和解への道を歩み始めたことを忘れないようにとの願いを込めて、「カナダ真実和解委員会」の資金によって建造され、2012年11月2日、市民の手によってホワイトホース中心部の川辺に運ばれて建立されました。建立後、長らくこのトーテムポールには案内板がなく、観光客がよじ登るといった事件も起こったため、だれもがこのトーテムポールに込められた願いや意義を理解できるようにする必要があると声が上がっていました。

私が参加した2019年夏のユーコン大学人類学フィールドスクールでも、文化財の解説(interpretation)の実習の一環として、癒しのトーテムを含むいくつかのモニュメントについて案内板のデザインと解説作成を試み、数か月後には実際に案内板が設置されました。

(参考)https://www.northernculture.org/healing-totem-project

通訳者、翻訳者として語る

The Secret Path (『シークレットパス』, 2016)は、寄宿学校から600㎞離れたふるさとに歩いて逃げる途中で亡くなった少年チャーニー・ウェンジャックを描いたピクチャーストーリーです。カナダのシンガーソングライター、ゴード・ダウニー(Gord Downie)が、少年の家族とともに詩と音楽を制作しました。

反響を呼び、学校でも上演されたり演劇化されるなどして、寄宿学校の歴史を次世代に伝える上で大きな役割を果たしています。ダウニーは、このページの冒頭で述べた「通訳者」にあたると思います。チャー二ーの家族と信頼を築き、対話を重ね、彼らの思いと寄宿学校の悲劇を主流社会で理解されやすい表現にして伝えたことが彼の功績です。

『シークレットパス』はオーストラリアで寄宿舎に強制的に入れられた先住民族の少女が親元に徒歩で帰るまでの物語を描いた映画『裸足の1500マイル Rabbit Proof Fence』(2002)を思い起こさせます。この映画が、2008年のラッド首相の謝罪を後押ししたといわれます。

ジム・ローガンによる連作「子どもたちにおくるレクイエム」(Jim Logan’s “Requiem for Our Children,” 1990) ユーコン・アートセンター所蔵。寄宿学校の生徒たちが、禁じられた自らの言語でこっそりと話しているらしい。絵画は言語を超えて物語る。(参考 Artwork By Jim Logan, Native Artis (jim-logan.net) )

 

2022年03月23日更新