カナダ ユーコン

大学と先住民族との共働

2.1.3 寄宿学校の体験エルダーへのインタビューから

留学中の歴史の授業でオーラルヒストリーの課題がありました。私は、寄宿学校のことを知りたくて、エルダー・オン・キャンパスの一人にインタビューをすることにしました。このインタビューは事前に、授業の目的以外に使用しないことを条件にインフォームドコンセントを得ていますが、ご本人から「体験が役に立つならぜひ使ってほしい」という了承をいただいたので、抜粋して紹介します。寄宿学校での虐待の実態、そこで受けた被害がファーストネーションの社会に与えた影響を知ってください。

注意 以下の記述には、人によって深い悲しみを受けたり、つらい経験を思い出したりなどの影響を与える可能性のある内容が含まれます。

インタビューに答えるロジャー・エリス氏(右)と、ヘリテージ&カルチャープログラム留学生の松田英朗さん(滋賀県立大学人間文化学部国際コミュニーケーション学科所属(当時))

以下は、2019年9月27日、エルダー・オン・キャンパスのロジャー・エリス氏(1945年生まれ)に葛西奈津子が行ったインタビューの抄訳です。

〈エピソード1〉

寄宿学校制度は、先住民族の子どもたちを家族から引き離し、寄宿舎生活を強いて一定の年齢に達するまで家族の元に帰ることを許しません。ロジャーは偶々、寄宿学校在学中の14歳の夏休み、家に帰る機会がありました。家族でログキャビンにいたところ、雷がロジャーの足を直撃します。大やけどを負って病院に運ばれ、そのまま2年間入院することになりました。しかし家族はロジャーが入院した後のことを一切聞かされず、生きているのか死んでいるのかもわからないまま、20歳になってようやくロジャーが家に帰り、はじめてお互いに生きていることを確認できたのだそうです。ひとたび寄宿学校に入れられれば、子どもの安否はもはや家族の知りえないものとなるのです。

〈エピソード2〉

寄宿学校を出たロジャーは、酒を飲むようになります。学校時代のことを悪夢に見て、眠れなかったからだと言います。酔っ払って倒れ込むようにしてようやく眠れる、そんな生活が40歳になるまで続きました。寄宿学校は、彼に怒りの感情を植え付けました。学校では身体的虐待、言葉の虐待、性的虐待…あらゆる種類の虐待が行われたからです。
言葉の虐待では、こんなことが言われました。「お前たちは役立たずのインディアンだ。お前たちには何の価値もない。いずれ酔っぱらいの泥棒になる以外、何にもなれないぞ」。手を棒で激しく叩かれたために、一生残る障害を負った人もいれば、耳を叩かれて鼓膜が破れ、聞えなくなった人もいるそうです。ソーシャルワーカー、教師、警察、こうした人々から虐待を受けたために、ロジャーはその後も学校を思い出させるこうした人々を憎みます。学校、(学校を運営していた)教会を憎みます。憎しみと怒りに満ちて、飲酒、喧嘩、トラブルにはまっていきます。
しかしロジャーはその後、エドモントンにある施設で6週間にわたる治療を受け、アルコール中毒も悪夢も克服します。そして、寄宿学校がどれほど大きな影響を自分に与えたかを知ったと言います。こうして彼は寄宿学校サバイバーとなるのです。

〈エピソード3〉

治療によって回復したロジャーは、目が覚めたように感じたと言います。そして自分の体験で他の人を助けることができると考えました。エルダー・オン・キャンパスとなる依頼を受けたのも、誰かが寄宿学校での体験と、そこから立ち直った経験を伝える必要があったからです。
寄宿学校の体験をもつ人の中には、自分の体験を誰にも言えず、いまだ憎しみと怒りに満ちた状態にある人も少なくありません。そうした人々の子どもは、なぜ自分の親がそのような状態にあるのかがわからず、また親たちから愛情を受けることもできないでいます。エルダー・オン・キャンパスとして、ロジャーは自分の知識や経験を若い世代に伝え、それによって彼らは親たちが苦しむトラウマを理解できるようになります。辛い体験を語ることができないのだと理解できるのです。
誰もがロジャーのように治療を受けて立ち直れるわけではありません。トラウマやアルコール中毒を克服するには、並々ならない強さが必要だからです。カナダで最後の寄宿学校が閉校してまだ20年余り。多くの人々が今なお、悪夢の中にいるのです。

〈エピソード4〉

寄宿学校では、資格のある教師がおらず、まともな教育は行われませんでした。ましてや、どのように生きるべきか、人と関係をつくるにはどうしたらよいかなど、人としての成長に必要なことは教えません。そのため、寄宿学校を出た若者が法を破り、刑務所に入れられてしまうこともたびたびあります。刑務所は寄宿学校と同じで、何時に起床し、何時に食事し、何時に就寝せよと命令してくれる……寄宿学校で育った若者は、生活の術もなく、路上にいるよりむしろ刑務所にいることを選んでしまう場合もあるのです。1960年になって、ファーストネーションの子どもは白人のカナダ人と同じ公立学校に行くことをゆるされるようになりますが、人種差別、憎しみ、衝突が絶えませんでした。

植民地政策は、ファーストネーションの子どもたちから言語を奪っただけでなく、自分がだれなのかということも奪ってしまったと言います。子どもたちは、ファーストネーションの家族観である「クラン制度」も知らず、もちろん自分がどのクランに属するかも知りません。ファーストネーションにとって、言語を共有するコミュニティと、クラン制度による母系家族が、社会を構成する重要な基盤となっているのに、それを奪われることでアイデンティティを失ってしまうのです。

〈エピソード5〉

このような体験を経て、いまロジャーが次世代に残し伝えたいことは、なぜ人々が怒りや憎しみに囚われているかの理解だと言います。なぜなら、今も”Beats-circuites”(暴力の連鎖)が世代を経て受け継がれているからです。なぜ寄宿学校を経験した人々がそのような状態になってしまったのかを理解し、レッテル貼りをせず、思いやりのある態度で接することが必要だと言います。彼自身、路上生活をしていた辛い時期のある日、「コーヒーを飲みませんか」と声をかけられた経験を覚えています。それははじめて、人としてだれかに気にかけてもらえた経験だったそうです。ですから、もし路上で生活している人を見ても、どうしようもない奴だなどと判断せずに、「人」として接してほしい、あなたが人から接してほしいと願うやりかたで接してほしいと言います。それが、辛い状況から抜け出し、前を向いて進んでいくきっかけになることを、ロジャーは自分自身の体験で知っているからです。そして、「理解」を伝えるために、彼は若い世代とできるだけ交流しようとしています。

〈エピソード6〉

ロジャーが次世代に伝えたい「物」は「歴史の本」。寄宿学校の歴史、そこで何が起こり、人々にどんな影響を与えたかを、ファーストネーションの視点で記録したものを、それぞれのネーションごとにつくることが希望だと語ってくれました。彼自身、記録を残すための取材に応じることも多いのですが、主流社会がつくる記録は彼らに都合よくアレンジされてしまうことから、やはりファーストネーション自身が自らの言葉で記録することが必要といいます。また、エルダー・オン・キャンパスとして学生相手に語るのと同様、ホワイトホースやその他ユーコン内のコミュニティに出かけて寄宿学校についての理解を広めるための話をしたり、ブランケット・アクティビティと呼ばれるワークショップを行ったりしています。人々の間に理解が広がり、癒しや和解につながることを期待してこの活動を続けていきたいと話してくれました。

〈エピソード7〉

最後に、あなたの夢はなんですか?と訊くと、「寄宿学校で傷を受けた人々がすべて癒され、起こったことが皆に理解され、それはもうすっかり過ぎ去ったことだと思い出せるようになること。そして人種に関わらず誰もが幸福で、1つに結びつき、共に働き、共に過ごせるようになること。8世代後にはそのような時代になるのを夢見ている」と答えてくれました。

2022年03月22日更新