カナダ ユーコン

大学と先住民族との共働

2.1.2 寄宿学校制度の目的と遺産

– パターナリズム、同化政策、人種差別、植民地主義  

  • 非先住民族の人々(ヨーロッパ系植民者)は、ファーストネーションの人々を「野蛮で未開である」とみなし、白人の文化・社会に取り込む方がよいと考えました。(→自民族中心主義, パターナリズム)
  • すべてのファーストネーションの人々を白人文化に同化させるため、子どもたちを学校教育とキリスト教によって「洗脳」すれば、家庭やコミュニティにも白人文化が浸透すると考えられました。同時に、伝統的な儀式や衣装は、国の政策と法律によって禁じられました。(→同化政策)
  • 寄宿学校制度は、当初は選択制でした。ファーストネーションの人々は、狩猟や採集をしながら半移動生活をしていたので、子どもたちを年間通して決まった学校に通わせることが難しく、その場合は寄宿制の学校に入れるべきとなされたのです。しかし、同化政策を徹底するため、1920年には7歳から16歳までの子どもたちを寄宿学校に行かせることが義務化されました。
  • 正規の資格をもっていない教師による教育とも言えない「教育」、不十分な食事、感染症の流行に加え、あらゆる種類の虐待(性的・肉体的・精神的)が行われるなどさまざまな問題がありました。激しく叩かれて鼓膜が破れ耳が聞こえなくなったり、手を何度もひどく木の棒で叩かれて一生残る障がいを負った生徒もいました。
  • 尊厳を奪う言葉の暴力を受け、先住民族としてのアイデンティティを奪われ、家族全員が、そして社会全体が大きな傷を負ってしまいました。
  • 寄宿学校の経験者はサバイバー(生還者, survivors)とよばれます。裏返せば生還できなかった人、すなわち在学中に亡くなったり、行方不明になったりした子どもたちが多数いるのです。
    寄宿学校制度は、カナダ連邦政府による国家犯罪であると述べた本。表紙の写真は歴史的に有名なもので、一人の少年が先住民族のアイデンティティ(向かって左半身)から白人(同右)へと変えられたことを象徴している。 出典:John S. Milloy 著A National Crime: The Canadian Government and the Residential School System (Critical Studies in Native History) , Univ of Manitoba Pr.

ユーコンで過ごした1年半に私が実感したことは、トラウマやPTSDは過去のものではないということです。目の前にいる地域の人々やクラスメイトが今なお苦しんでいて、理解や支援を必要としていました。

–  ハーパー首相謝罪

政府や教会関係者とファーストネーションの人々の間でさまざまな話し合いや訴訟の段階を経て、2008年、当時のスティーブン・ハーパー首相が寄宿学校制度をはじめとするカナダの同化政策について公式に謝罪しました。

この中でハーパー首相は、寄宿学校制度の目的は、子どもたちを家族や文化から切り離し、主流文化に同化させることであり、その根本には「先住民の文化や信仰は劣っていて不適当なものだ」との考えがあったとした上で、「カナダ政府のとった同化政策は間違っていた」と認めました。悪名高い”to kill the Indian in the child”(子どもの中のインディアンを殺せ)という言葉で、寄宿学校制度が進められたケースがあることも認めました。
さらに、寄宿学校制度が先住民族の文化、遺産、言語を大きく損なったこと、その影響は今日も社会問題として継続していることも述べています。寄宿学校で虐待を受けた元生徒が大人になり、次の世代に暴力の連鎖を生む原因となっていることに対しても謝罪しています。
一人一人の子どもたちに与えた影響だけでなく、文化や言語への影響、そして時代を経て今日まで続いている影響にまで言及した意義は大きく、「完全な謝罪」と言われるゆえんでしょう。

この謝罪は下院において、議員のほか先住民の指導者、寄宿学校の存命の元生徒らを前に行われました。ハーパー首相は、「カナダ政府は、先住民族の人々を深く傷つけてきたことについて心から謝罪する」と述べた後、英語、フランス語だけでなく、先住民族の伝統言語でも謝罪しました。

      ・Nous le regrettons
      ・We are sorry
      ・Nimitataynan
      ・Niminchinowesamin
      ・Mamiattugut”

首相が議会において謝罪したことは、先住民族の法伝統に照らせば、カナダという国がカナダ先住民族に対し、国(ネーション)と国との関係において謝罪したことを意味します。
(参照)広瀬健一郎、「カナダ首相による元インディアン寄宿舎学校生徒への謝罪に関する研究」国際人間学部紀要 (17), 13-44, 2011-03, http://id.nii.ac.jp/1116/00000063/ 

ハーパー首相による、寄宿学校制度をはじめとするカナダの同化政策について公式に行った謝罪スピーチの全文は、カナダ連邦政府のウェブサイトに掲載されています。

Statement of apology to former students of Indian Residential Schools

歴史的な謝罪の演説は動画で見ることができます。

ハーパー首相は、同化政策の一環として先住民族15万人を寄宿学校に強制的に入学させて「深く傷つけてきた」として、公式に謝罪し、その後、補償政策と真実和解委員会による調査を実施した。

2015年には「カナダ・真実和解委員会」(TRC)による最終報告書と94の是正勧告「Call to Action」が提出されています。

なお、同じく2008年、オーストラリアでも当時のケビン・ラッド首相が議会において先住民族アボリジニおよびトレス海峡諸島民の子どもたちに対する強制同化政策を謝罪しています。

翻って日本はどうでしょうか。

2022年03月22日更新