カナダ ユーコン

大学と先住民族との共働

5.5 ファーストネーションコミュニティー倫理規定  OCAP,Protocol, etc

研究ライセンスやTCPS2:COREは、先住民族の権利を守るために、主に主流社会の側から設定した研究倫理のプロセスです。カナダでは先住民族社会の側で設定する、研究倫理にも関わるルールがあります。ここまで紹介した研究計画の許認可は、以下に述べるルールを守って行われることが前提で得られると言ってよいでしょう。

OCAP® (オーキャップ)の原則

1つは「OCAP® (オーキャップ)の原則」で、カナダの先住民族全体に共通します。もう1つはプロトコル(protocol)というもので、伝統的なものと、新しくつくられるものがあり、ネーションによって異なります。

OCAP® は、Ownership(所有権), Control(管理), Access(アクセス),  Possession(物理的制御)の頭文字をとったもので、先住民族が有する情報やデータが研究等の目的で収集・蓄積・利用・共有される際のプロセスを、先住民族自身が制御・管理することを定めています。注目すべきは、遺骨のように物理的なものだけでなく、知的財産を含むさまざまなリソースの収奪を許さないための原則であることです。先住民族のコミュニティで調査・研究をする場合には、OCAP®を十分理解しておくことが求められます。
私自身、リサーチアシスタントに応募する際、ヘリテージ&カルチャープログラム主任のビクトリア・カスティージョ先生に相談したところ、勉強しておくようにと資料を渡されたのが OCAP® の原則でした。
OCAP®について概要は下の動画をご覧ください。また2020年にリニューアルしたウェブサイトには、OCAP®について学ぶことのできるチュートリアルがあります。1998年の制定以来、OCAP®を通して自らの重要な資源・財産として情報を守り活用する方法を検討してきたことがうかがわれます。

OCAP®ウェブサイト 
https://fnigc.ca/ocap-training/

プロトコル

プロトコルは、OCAP®の原則およびユーコンの場合は包括的最終契約(UFA) 第13章「遺産」の定めの下、個別に具体的な基準や規則を定めたものと言っていいでしょう。一般的な意味でプロトコルと言うこともあれば、行動規範、研究倫理規則といった意味で使われることもあります。発掘調査で遺骨が発見された場合のプロトコルは非常に厳格に定められています。またS&EライセンスやREB審査の前提となる関連ネーションの承認も、こうしたプロトコルがあればそれにのっとって行われます。
たとえば、ユーコンのファーストネーション全体に関わる研究プロトコルとして、ユーコン大学がユーコンのファーストネーションと共働で作成したものがあります。

・やや古い資料ですがわかりやすいものとして
“Protocols and Principles for Conducting Research with Yukon First Nations”(2013)
https://www.yukonu.ca/sites/default/files/inline-files/YRC_FN_Initiatives_no_photos_inside_final_print_0.pdf
・上のガイドラインを踏まえて新しく作られたのが次の文書です。
“Guide to Heritage Stewardship for Yukon First Nation Governments”(2018)
https://heritagebc.ca/wp-content/uploads/2018/04/YFN-heritage-guide-feb-21.pdf

リサーチアシスタントとして関わった”Bring Research Home Project ”(BRH)は、クルアニ・ファーストネーション(KFN)の伝統的生活圏(traditional territory)内で行う研究について
1.研究プロトコルをつくる
2.研究成果をKFN住民に還元・共有するためのプラットフォームをつくる
という2本柱の研究プロジェクトでした。
もちろん、このプロジェクト自体もREBの審査を受け、ライセンスを毎年更新して行われています。

KFNの伝統的生活圏は、ユーコン準州南西部のクルアニ湖(Kluane lake)、クルアニ国立公園(Kluane National Park and Reserve)を含む一帯で、氷河や野生動物、永久凍土と気候変動に関する研究が盛んにおこなわれている地域です。気候変動は、私たちが日本にいて感じている以上に繊細に、また実感としてKFNの人々が経験しており、生活にも直接影響しています。研究プロトコルは、KFNの人々にとっても研究者にとっても豊かな研究成果を得るためのものです。プロトコルを策定するために、博士課程の学生がKFNの人々にインタビューを行っていました。内容はもちろん、どのような形式のプロトコルにするか、このプロトコルをどのように呼ぶかといった細かい点も聞き取りしています。
BRHがこれまでに作った主なプラットフォームは、GISを使ったマッピングサイトとリサーチサミットというワークショップの二つです。クルアニ・リサーチサミットは2018と2019に開催され報告書はKFN自治政府のウェブサイトにリンクされています。

研究を脱植民地化するには、学術のコミュニティと先住民族のコミュニティの双方に研究倫理の規定と、その教育が必要です。これを日本で実現するには、非常に大きなプロジェクトとして取り組む必要があると思います。このようなプロトコルがあると知らずに、研究計画を立て、資金を獲得して動き出す研究者がいないよう、周知の方法は、カナダにおいても課題です。なにより、研究者にとっても地元の人にとっても有益なルール作りのためのコミュニケーションが大切です。

【その他参考文献】→7.3参照

 

2022年03月18日更新