6.1 日本語の「先住民族」と英語のインディジェナス・ピープルの違い
ユーコンに留学して、新たに覚えた言葉のひとつがIndigenousという形容詞でした。Indigenous people(s)で先住民(族)を表します。辞書的には、Indigenousとは「原産の、土着の、先住の / 生来の」(英辞郎 on the WEB)といった意味で、文字通りにはIndigenous people(s)は「その土地にもともと住んできた人々」といった意味合いです。カナダにおけるIndigenous peoples は、固有の名称、言語、権利をもった集団です。一方、日本語では、先住民(族)と言っても原住民と言っても、どちらも固有性のない、しかもある種の偏見も含む語に感じられるのではないでしょうか。
カナダ・ユーコン編の最後に、この言葉について改めて考えてみました。
私はただの「日本人」?
カナダでは先住民族の人々を指すのにどのような表現が適切なのか、歴史(HIST140)の講義の初日の宿題の1つとして、このテーマについて書かれたウェブページ*を読むように指示されました。その記事によると、 カナダでは、”Aboliginal”または”Indigenous”という言い方が好まれるということ、またファーストネーションズ(First Nations)と言った場合には、カナダ先住民族のうちイヌイット(Inuit)とメイティ(Metis)を含まず、またインディアンという表現は法的な文脈でのみ用いる、ということでした(→1.2参照)。
しかし、大学生活の中でファーストネーションのクラスメイトや地域の人と接していると、ファーストネーションという総称ではなく個別のネーションの名称を使う人が多く、一方で自らインディアンという表現を好んで使う人もいますし、好まれる場面もあります。Indigenous やtraditionalといった表現は、たいていの場面で人を傷つけることがなく、敬意をこめた表現、いわゆるポリティカル・コレクトネス(political correctness)だとの実感をもちました。
* Indigenous Foundations: Terminology:
https://indigenousfoundations.arts.ubc.ca/terminology/
新学期、各講義の最初のクラスで自己紹介をする際に驚いたのが、多くの学生が当たり前のように、「私は***の出身(ファーストネーションの部族名)で***を伝統的な生活圏(Traditional Territory)とするネーションの一員です。ワタリガラスのクランです」「私の祖母は誰々で、母は誰々。イーグルのクランに所属します」などと言うことでした。私が在籍していたヘリテージ&カルチャープログラムは先住民族学生の比率が高い課程なので、特にそのような印象を強くもちました。何の修飾もない「日本人」という言い方、考え方はおかしいような気がしてきたものです。
時と場所の概念を含む言葉
日本語の「先住民族」には、時代的に先であるとの意味しか感じられず、一般的に「先住民族とは先に住んでいた人たち」との概念しかもたれていないでしょう。だから、「誰が先か」、「もっと前にいた人はいたか」、「この人たちも十分昔から住んでいた」、との考え方になってしまいます。そのうえ、私たちにとって「土地」は所有できるもの、売買できるものとの認識があります。
しかし、英語でIndigenous peoplesというとき、大地とつながって生きる人たちであることを意味しています。それは日本語で「ふるさと」というときの精神的なものだけでもなく、「大地の恵み」というときの物質的なものだけでもありません。大地を敬愛し、そこで食糧・燃料・住居などを得ることが生業でもあり文化でもあり、大地とつながって生きることが個人としての成長であり、社会としての継続でもある人たち。そのような人たちにとって、たとえば環境保護だとか持続可能な発展だとかは今日的な課題ではなく、ずっと昔からあたりまえのことであり、むしろ大地とその上に生きるすべてを守り循環させ継続させていくことが人の役目、すなわち人間は大地のstewardなのだという世界観があります。
ユーコン大学の「インディジナス・ガバナンス」入門(FNGA100)の授業では、Indigenous peoplesとは次のような人々であると説明されました。
・(特定の)土地へのつながりをもつ Connection to the land
・(特定の)言語との関わりをもつ relation to the language
・(先住民族としての)自認をもつ consciousness of themselves
・(主流社会の人々に)相対する存在 opposition
・(土地や言語を)奪われたことに対して闘う struggle against the dispossessing
・植民地主義によってつくられるものではない*
*植民地化の歴史は、Indigenous peoplesを本質的に定義するものではありませんが、多くのIndigenous peoplesが共通して経験しているものではあります。北海道大学 アイヌ・先住民研究センター 准教授の落合研一さんは「強制的に、あるいは暴力をもって、合意なく他の多数民族によって占有された場合にIndigenous peoplesという。合意のもとで多数民族が作る国家に組み込まれた場合には少数民族とよぶ」と説明しています(北海道大学 アイヌ・先住民研究センター2021年度 公開講座第3回より)。