6.4 ユーコンにおける先住民族と土地との関係の例
ユーコンでは、1990年にファーストネーションの土地権益請求を決着する包括的最終契約(UFA:Umbrella Final Agreement、→6.6参照)が結ばれました。UFA第11章は、ユーコン準州内の土地開発計画Land use planningを策定する上で必須のプロセスについて定めています。鉱山の開発、歴史地区の保存や再整備などに際して、住民(特にその土地を所有するファーストネーション)の声を聴くプロセスが重視され、そのための組織(Regional Planning Commission)も存在します。
ユーコンの先住民族と土地との関係を、現代の文脈で見ることができる映画があります。
映画”Sovereign Soil”(”主権ある土地”の意味)は、かつてゴールドラッシュでにぎわったユーコン準州ドーソン・シティ在住の監督が、北緯64度のこの土地で農業を営む複数のグループを取材して制作したドキュメンタリーです。ホワイトホースに拠点を置くJackleg Films社の制作で、ユーコン・メイドの作品として、2020年2月にホワイトホースで開催された映画祭Available Light Film Festivalでは最も高い人気・評価を得ました。
平均気温がプラスになる月が5か月しかなく、年間を通して降水量が少なく乾燥したドーソン周辺は、ファーストネーションの1つTr’ondëk Hwëch’inの土地で、かつては狩猟採集に頼っていたものの、現在は農業にも取り組んでいます。ドーソンの住人でTr’ondëkのジャッキーは、作品の中でこう語っています。
”Farming may not be our traditional thing but it fits with our value system. It’s about taking care of the land and taking care of ourselves.” (農業は、私たちの伝統ではないかもしれないけれど、私たちの価値システムには合っている。というのも、農業とは土地をケアすることであり、私たち自身をケアすることでもあるから。) ”Sovereign Soil”より
”Sovereign Soil” David Curtis監督、2019年 1時間 31分
http://sovereignsoilfilm.com/
ゴールドラッシュとアラスカハイウェイの建設によって、伝統的な生活と土地を奪われたファーストネーションTr’ondëk Hwëch’inの人々が、伝統知を今日の生活に生かし、再び主権のある(Sovereign)、自治権のある(Selfgoverning)、そして健康な民となるための必死の生き方を、この作品では見ることになります。Tr’ondëk Hwëch’inの人々がドーソン近郊で2015年に始めた農業学校のようすも描かれます。机に向かって勉強する学校ではなく、土地に根ざした食糧生産と生活を、その土地で実際の体験を通して学ぶ”Land-based learning”です。実は、ドーソンの町中の食料品店では、南部から運ばれてきた域外の食品が、品ぞろえ豊富に(といっても限定的)売られているのですが、ホワイトホースから500㎞以上も離れたこの地では、輸送費がかかり、また気象状況によっては物流が途絶えることもあります。農業を通して、若者たちが、土地と人間の健康を自らの仕事で実現していく方法を身につけていくのです。
作品には、ドーソンに移住したヨーロッパ系の人々の挑戦も描かれています。過酷な自然を前に、科学技術だけでは太刀打ちできない場面もあります。でもここには生きていく喜びがあるという実感が伝わってくるのです。
私は、この映画祭も含めていろいろな機会にユーコン・アートセンターのホールで開催されたイベントに行きましたが、前売りチケットが売り切れで、ホールの2階席まで使ってなお満席というのは初めての体験でした。あまりの人気で、映画祭の最終日には再上映されたほどでした。
”Sovereign Soil”は次のサイトで有料視聴することができます。
https://www.nfb.ca/film/sovereign-soil/?docs-hp_en=feature_3