カナダ ユーコン

大学と先住民族との共働

7.1 年表、ユーコン歴史

ユーコンの歴史

1763年 国王宣言(Royal Proclamation):当時のイギリス国王(キング・ジョージ三世)が、北米大陸へのヨーロッパ系入植者に対し、先住民族の領土に入植する際のガイドラインを示したもの。先住民族の土地権原を認め、土地に関する条約締結まではすべての土地が先住民族のものであると明言している。先住民族を伝統的生活圏の所有者である「ネーション」または「部族」として認め、特別の狩猟・漁労権を認める。条約締結していない地域でも、先住民族に土地権原があることの法的根拠として重要な文書である。

1867年7月1日 カナダ国の成立・1867年憲法(英領北アメリカ法):イギリスの海外領土初の自治領として、カナダ自治領Dominion of Canadaが発足した(ノバスコシア,ニューブランズウィック,ケベック,オンタリオの4州)。連邦の主権はイギリス国王に属する。7月1日はカナダ・デー(祝日)となっている。

1876年 インディアン法(Indian Act)制定

1884年 ポトラッチ等、儀式の禁止(1951年まで)

1898年 クロンダイク・ゴールドラッシュが起こり、数千人がユーコンに押し寄せる。

1900年 ユーコンで最初の寄宿学校開校

1902年 ユーコンのファーストネーション(YFN)の1つ、タアン・クワッチャンのチーフであるジム・ボスは、ゴールドラッシュの入植者がYFNにもたらした影響を重く受け止め、土地(Land)と狩猟地(hunting grounds)に対する保証を求めて連邦政府に手紙を書く(有名なフレーズ”Tell the kind very hard we want somthing for our Indians, because they take our land and our game.”) これに対して政府からは「警察が土地と人を守る」という回答のみ)

1920年 レジデンシャルスクール義務化(7歳~16歳の「インディアン」の子ども)

1939年 最高裁、イヌイットを「インディアン」に分類することを決定(イヌイットの問題を連邦政府の管轄とする)

1961年 インディアンのステータスを維持しつつ投票権を持てるようインディアン法を改定

1969年 寄宿学校が連邦政府の管轄下におかれる。連邦政府によるインディアン法廃止を含む政策提案(通称White Paper)が、先住民族の激しい反対により取り下げられ、権利回復に向けた先住民族間の結束を強める。インディアン法の廃止・ステータスの廃止は、先住民族をすべてカナダ国民として平等に扱うことで、一見すると差別や植民地化政策をなくそうとするものに思えるが、実は先住民族の権利・権原をなくし、国民としての義務・責任を課すものであった。反発は、政府が政策や法律によってインディアンとはだれかを定義してきた歴史に対する怒りであり、先住民族自身の自認、自己定義の主張であった。(参考 The White Paper 1969 (ubc.ca)

1973年 ユーコン・ファーストネーションの代表団がTogether Today for Children Tomorrow(子供たちの明日のために、今日を共に:略称TTCT)を政府(エリオット・トルドー首相)に提出。中心となるメッセージは”Without land, Indian people habe no soul, no life, no identity, no purpose.” 交渉のための組織として、ユーコン・インディアンズ協議会がつくられる。

1990年 OKA危機

1993年 包括的最終契約(Umbrella Final Agreement, UFA) をユーコン・インディアンズ協議会、カナダ連邦政府、ユーコン準州政府の3者で調印。ユーコンにおける土地権請求と自治政府設立への第一歩となる。

1996年 最後の寄宿学校閉校(サスカチュワン)150,000 人以上の先住民族の子供たちが寄宿学校に通った。

2006年 インディアン寄宿学校示談合意協定(IRSSA)(2007年施行)

2008年 カナダ真実和解委員会発足(IRSSAの一部)、ハーパー首相謝罪(6月11日)

2015年 カナダ真実和解委員会は、レジデンシャルスクール制度によりカナダが文化的ジェノサイド(大虐殺)を犯したと結論

2019年 National Inquiry into MMIWG最終報告書で、先住民族の女性と少女、および性的少数者(2SLGBTQQIA)に対してカナダがジェノサイドを犯したと結論し、トルドー首相がこれを受け入れる。

2022年4月1日 バチカンにてローマ教皇がカナダ先住民族の代表団に対し、寄宿学校においてカトリック教徒が先住民族の子どもたちに虐待を行ったことを初めて謝罪し、今夏、カナダを訪問して直接謝罪の言葉を述べる旨を告げる。                (2022年4月18日更新)

ユーコンのファーストネーションの生活に大きな影響を与えた歴史的要因・キーワード
  1. 寄宿学校(レジデンシャルスクール)
  2. アラスカハイウェイ建設
    • カナダ・ブリティッシュコロンビア州のドーソン・クリークからユーコン準州を経て、米国アラスカ州のフェアバンクスまで約1,523マイル。全長の8割はカナダを通る。
    • 1941年12月7日 日本軍によるパール・ハーバー攻撃を受けて、アラスカ最前線への対日本米軍物資輸送のため、ハイウェイの建設が計画される。
    • 1942年11月20日 全線開通
    • 1948年 アラスカ・ハイウェイとして公道となる
  3. ゴールドラッシュ(Klondike Gold Rush)1896年~1899年
  4. 伝染病
  5. 気候変動
2022年04月28日更新