カナダ ユーコン

大学と先住民族との共働

4.2.2 「HIST140 ユーコンファーストネーション自治政府の歴史」

人類学と同じ先生が教えてくれたこの歴史の授業は、ユーコンの文化や歴史についてほとんど知識のない私にとっては毎回意外なことばかりで、ついていくのが大変でしたが、興味をそそられる話題がぎっしり詰まっていました。

たとえば、アイスパッチ考古学(Ice patch archaeology)について。

1997年、温暖化の影響により万年雪(アイスパッチ)が融けた高山で見つかったのは、たくさんのカリブー(トナカイ)の糞でした。この辺りは100年以上の間、カリブーの分布が生物学的には確認されていないものの、エルダーの口承では、かつてカリブーの狩猟地であったと伝えられていた地域でした。夏の暑さと蚊を避けて、カリブーたちは標高の高い山で過ごしていたのです。

氷河と違い、アイスパッチは流れることなく何千年もその場所から動かないため、中に閉じ込められたものが壊れたり流されたりすることなく、骨・木・羽・腱・樹液などもよく保存されて出てきます。動物の遺体や狩猟につかわれた道具などが、雪や氷が解けた地表に露出して次々と発見されたのです。アイスパッチ考古学は、ユーコンで最もホットな学問領域となりました。これまでに見つかった最も古い道具は9000年以上前のものと同定されています。私の留学中にも、約1000年前の完全な形状の槍が発見されたという報道がありました。なんと実物がキャンパス内のアーカイブ施設に保管されていたので、授業のあと見学することができました(写真)。

アイスパッチから発見されたばかりの槍。長さ約1.5mあるものが折れることなく、ワシの羽根も矢尻とシャフトを接着する樹脂や動物の腱も、新しい材料のようにみずみずしい。

また、ユーコンで初めて描かれた地図を発端に、地図と歴史の関係を解説した授業や、ファーストネーションと白人の間で起こったある事件に関する司法判断と埋葬された遺体の分析結果に関するゲスト講師によるレクチャーなど、教科書には書かれていない(というより、教科書のない)、今を生きるユーコンの人々に直接かかわる講義が印象的でした。そして、「地図」「司法制度」「遺体」といった、植民地主義と和解の問題を考えるうえでのキーワードの数々をこの授業で学んだと今になって気づくのです。

先住民族の人たちが狩猟のためにつくった地図。地図とは、地理的なもの(距離とか、方角とか、そこにあるものなど)を正確に描いたものというよりは、むしろそれを使う人、それを使って情報を伝えたい相手の人にとって必要な情報を、わかりやすく記したもの。縮尺や精度は、数学的・物理的距離よりも、土地の利用価値や頻度と関わる。何を伝えたいか、何に価値を置いて描くか、という点で地図は大事なのだと、習った。夢の中で出てきた宝物のありかだとか、天国にいくための道順とかを描いた地図も、狩猟のための地図も、同等に扱われてきた。
話題 150年前、ユーコン初の地図
▲ユーコン初の地図。150年前、アメリカから地理調査のために訪れたジョージ・デイビッドソンが、現地で出会ったファーストネーションの男Kohklux とその妻たちに描いてもらいアメリカに持ちかえったもの。松浦武四郎がアイヌの協力を得て北海道を探検し、地図をつくった歴史と重なる。

ユーコンを描いた初めての地図となったKohkluxらの地図は、長らくアメリカの博物館に所蔵されていました。これらの複製がかつてそれぞれのネーションの村に里帰りしたとき、数十年前の自分たちの系譜がどのような知恵をもってどのようなTrail(道)を通り、どのようなLandscape(風景)の中で生活していたかを知ることができたと、村の人たちに喜ばれたそうです。

2019年11月には、地図の制作から150年を記念して、”Our trail bring us together”(人々が通ってきた道が、人々をふたたび結びつけた。失われていた歴史・文化がつながった、の意味)という展示とイベントが行われ、一部の地図の原本が初めてユーコンでお披露目されました。

オンラインのディスカッション

ユーコン大学では、遠隔地のキャンパスで受講する学生もいることから、当時もすでにZoomによるオンライン講義とオンライン学習支援システムMoodleを使った学習環境が充実していました。Moodle上に、各科目ごとのダッシュボードが作られていて、毎週の課題の出題・提出もここで行います。複数の科目で毎週の課題となっていたのが「ウィークリーディスカッション」で、指定された論文や専門書の1,2章を読んで質問に答えるものでした。Moodleに自分の回答を書き込むだけでなく、他の人の書き込みに意見を述べることになっています。とても大変でしたが、他の学生の考え、とくにファーストネーションのクラスメイトの考え方や経験を知ることになり、私自身は日本人としての足元を考え直す機会にもなって、最後にはこのウィークリーディスカッションを宝物のように思いました。ファーストネーションの学生の回答は、自分の想像をはるかに超えることがあり、いかに人は自分のもっている経験や知識の範囲でしかものを考えられないのかを実感させられました。たとえば、自身のネーションの伝統言語が消滅の危機にあるというクラスメイトの意見を読み、それが実はふだん親しく接している友人であったというような経験が日々起こっていたので、先住民族が直面している問題を身近な友人の問題として理解することにつながりました。

歴史のクラスで課題として出されたオンラインディスカッションのテーマには、次のようなものもありました。

「多くの先住民族は、有史以前から当地に住んできたと信じているのに対して、科学者の多くは、最終氷期の間にさまざまなグループの人々がアジアからわたってきたと信じている。これらの考え方についてどう思うか、またあなた自身の考えとこれらの考え方をどのように調和させることができるか。」
「先住民族の歴史に対する異なる研究アプローチに関して議論しなさい。」

みなさんならどう答えますか?

2022年03月18日更新